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第23話 怖いほど真剣な顔

 どん! と腹に響く破裂音。宵の群青がまだ薄ら残る夜空に、最初の花が打ち上げられる。  対岸では拍手や掛け声などが響き、賑やかそうだ。蘇芳は鉄郎に連れられて薮の間の少しひらけた場所に陣取ったはいいけれど、先程からもじもじと足の向きを変えたりしてみてもどうにも落ち着かない。  昼の間は、出店を冷やかしたり顔馴染みのおじさんおばさんと世間話をしたりと、いつもと変わらない様子だった。  それが日も暮れていよいよ、となった途端、急にスッと真面目な顔になって蘇芳の手を引いて歩き出した鉄郎に、蘇芳もなんだか怖くなってしまったのだ。  どん、どん、と大ぶりの花が次々と打ち上がる。  去年も鉄郎と二人で見た花火。今年は川のこちら側に、二人だけで並んで座っている。少し離れたところにはきっと他の人たちもいるのだろうが、お互いに邪魔しないように距離を置いている。 「わ、すごい……!」  考え事に耽りそうになった蘇芳の目と耳を、目の前に連続して打ち上げられる大輪の花が奪っていく。  昨年見たときは、たくさんの人の後ろから見上げるようにして見ていたので、ここまで目の前でたくさんの花が重なり合って大きく広がるのを見るのは初めてだ。  思わず声を上げてしまったことが恥ずかしくて首を竦める蘇芳に、鉄郎が笑いかける。その笑顔に蘇芳はまた不思議な落ち着かなさを覚えて、慌てて前を向いた。  小さくて色とりどりの花が乱れ咲いて藍色の夜空を埋め尽くした後、ひときわ大きな金色の花が視界いっぱいに広がり、枝垂れ柳のように長い尾を漆黒の空に引いた。  これで、今年の花火も終わりの合図だ。きらきらとした火花がまるで触れそうなほど近くに感じられて、束の間蘇芳は息をするのも忘れ、食い入るように空を見つめた。  どのくらいそうしていたのか、そっと手に何かが触れる感触で、ようやく我に返る。 「あ……」  振り向いた先には、蘇芳の手に自分の手を重ねるようにしてこちらを見つめる、鉄郎がいた。  その顔は、花火の始まる前に蘇芳の手を引いて歩いていた時と同じ、怖いほど真剣な表情だ。  まっすぐ射抜くような視線から、目を逸らすことができない。  かちこちに固まった蘇芳の手をぐ、と鉄郎が握り、身を乗り出してきた鉄郎の顔が目の前に迫って——唇に、温かくて柔らかい感触が触れた。 「……⁉︎」  それは、すぐ離れていった。  何が起こったのか分からなくて、蘇芳はゆっくり鉄郎の顔が離れていくのを惚けたように眺め、それからさざ波のように混乱が押し寄せてくる。  ——い、今のって、今のって……!  口付け、だ。これは。  そのくらいは、蘇芳も知っている。  口付けをされた。鉄郎に。  え、それってその、想い合う男女がするものではなかったのか。  これには一体、どういう意味が……?  もしかして単なる親愛の気持ちを表すためとか、そんなことなのだろうか。  頭の中を入り乱れる思考に気を取られ、動くことができない蘇芳に、鉄郎が真剣な面持ちのまま、告げる。 「す、蘇芳、……好きだ」

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