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第24話 誰かの生きるよすがになれるなら
すき。好き。言葉は聞き取れている、けれど。何を言われているのか、頭が理解できていない。
——好きって、どういう意味? 俺も、鉄郎のことはもちろん好きだ。けど、それと同じ「好き」?
目を白黒させて固まる蘇芳に、鉄郎は少し不安そうな顔になる。
「蘇芳、は……その、」
その顔を見て、蘇芳はハッとした。
——そうか、川向こうで花火を見ようと言われて、俺が承諾したから。
だから、鉄郎は、俺が好きで、俺に交際を申し込もうとしていて、俺はもうあと諾と言うだけのはずなんだ。それなのに俺が何も言わないから、鉄郎は不安になっている。
分かっていても、うまく言葉が出なかった。嬉しいはずなのに、鉄郎の燃えるような目と、怒っているようにさえ見える真剣な顔つきが怖くて、何も考えられない。
でも、ここで鉄郎をがっかりさせたくない、と蘇芳は強く思った。それが何より、一番怖かった。
蘇芳の年頃の青年なら、川向こうへ誘われ、好きだと言われて、何も言えなくなってしまうようでは、もう今後きっと相手にしてもらえない。
怖気付く心を叱咤して、蘇芳は息を吸い込んだ。
「お、俺も……」
好き、と続けようとしたのに、やっぱり語尾が萎れて、消えてしまう。
泣きそうになって俯く蘇芳に、鉄郎がふっと眉を下げ、硬く握っていた蘇芳の手を離して、頭を撫でた。
好きって、なんだろう。
鉄郎と一緒にいるのは楽しい。ずっと一緒にこうしていたいと思うし、鉄郎が誰かと夫婦になって自分を置いていってしまうのを想像したら、すごく苦しかった。
けれど、じゃあ好きだと言って、それから何をしたらいいのだろう。自分たちは何になるのだろう。男女のように好き合ったら夫婦になって、子をもうけて、というわけにはいかない。
そもそも鉄郎の言う「好き」は、自分の「好き」と一緒のものなのだろうか。鉄郎は自分に何をしてほしいのだろう。
がっかりさせたくないし、嫌われたくない。置いていかれたくない。でも、どうしたら?
今まで考えたこともなかった疑問が次々と襲いかかってきて、でもそれに対する解を蘇芳は持っていなかった。
「蘇芳、顔、あげて」
さっきまでの鉄郎の怖いような空気が緩んだのを感じて、蘇芳は視線を上げる。そこにあるのはいつもの鉄郎の困ったような笑い顔で。
「俺、わかんない……俺も鉄郎のことは好き、だと思う。けど、そしたら、俺たちはどうなるの? 俺はどうすればいいの?」
自分の言い草がまるで幼い子どものようで、情けないやら恥ずかしいやら、蘇芳は再び項垂れる。
「そうだな。そうだよな。ごめん、俺も少し、急ぎ過ぎたかもしれない。一つずつ、分からないことは一緒に考えよう」
鉄郎が今度こそ笑い声をあげて、頭を乱暴に撫でた。
花火の夜から、鉄郎と蘇芳の関係は劇的に変わった——ということには、ならなかった。
これまでと少し変わったことといえば、周りに誰もいない時にそっと手を繋がれたり、「おいで」と言われて不意に抱きしめられたりするようになったくらいだ。
——それだけでも、十分どうかなってしまいそうだけど……
これでいいのかな、と思うこともなくはなかった。
もっと何か特別なことをしなければいけないのではないか、鉄郎は自分に遠慮しているのではないか、といううっすらとした不安のような、違和感のようなものが拭えない。
けれどなかなか、蘇芳の方からそれを言い出すのは難しかった。
町には幾つになっても嫁ももらわず、〝友人どうし〟で仲良くしている者たちがいる。そういう人たちは、もしかしたら自分たちと同じような関係なのかな、と想像し、蘇芳は密かに胸をときめかせた。
今度こそ、鉄郎にちゃんと聞こう、と蘇芳は思った。自分としたいと思っていることを、遠慮なく言ってほしいと。
自分も誰かに求められ、生きるよすがになり、共に生きようと望んでもらえる。
鉄郎の求めているものが何なのかまだちゃんと分かってはいなくても、自分が意味ある存在として、誰かの力になれる。
その想像だけでも、蘇芳にとっては心の躍るものだった。
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