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第31話 気配の名残
それから蘇芳は、幾日ものあいだ、体を侵す熱に狂わされた。日がのぼり、また夜が来た。
ミソラの手を振り払ったはいいが、蘇芳にはもう何も残っていない。
ミソラの言ったことは単なる出まかせではないと分かっていた。そう思えたらどんなに良かっただろうが、ミソラと過ごした日々で、蘇芳もそのくらいは分かる。
こうなってなお、人の住むところで生きられないということだけが確かだった。
もう、蘇芳に居場所はない。
蘇芳は動くことも、何かを口にするのもやめて、ただ木の根元に横たわり、波のように襲いくる発情の衝動に耐えた。このまま自我を手放せたら、そのまま土に還れたら、そう願った。
目を瞑ったまま、蘇芳はただ耐えながら、あやかしの血を引き、よりによって癸に生まれた運命を呪った。
他にはなにも望まない、ただ生まれた時にそうだったように人として、ごく普通の暮らしがしたかっただけなのに。なぜ自分なのか、これは何かの因果なのか。
蘇芳の脳裏に、町の人たちの笑いあう顔が浮かんだ。その光景が、もう古ぼけて掠れた絵のようになったかつての自分の家族の記憶と重なる。
間違いなく自分の記憶に刻まれたものであるはずなのに、全てがまるで御伽話のように、遠いものに感じられた。
もういくら手を伸ばしても、届かない場所。
何も食べていない身体はどんどん衰弱していくのが分かるのに、こちらを伺っている動物たちの気配は皆一様に遠巻きで、近づいてこようとするものさえいない。蘇芳の目からは何度目になるかわからない涙が流れた。
動物の餌にさえなれない、誰からも、何からも必要とされない孤独に蘇芳は苛まれた。
必要とされたいなどと思い描くこと自体、自分には過ぎたことだったのかも知れない。
ただ、全てを手放したくて、蘇芳は目を瞑り続けた。
もう何日経ったのかわからなくなった頃、意識が朦朧として寝ているのか醒めているのかはっきりしなかった蘇芳の意識は、まるで流行熱が冷めるようにふっと浮上した。
あれほど気が狂いそうに蘇芳の身体を責め立てていた熱はすっかり引き、まるで何もなかったと錯覚しそうなほど、全てが元通りだった。
しかし、それよりも蘇芳を驚かせたのは、自分が寝ている場所だった。確かに目が覚める前までは、木の根元、土の上に横になっていたはずだ。けれど、目を覚ました蘇芳の目に入ってきたのは、木の天井と、体に掛けられている粗末ではあるが清潔な布だった。
——誰かの、家……?
意識を失っている間にミソラに連れ戻されたのかと思ったが、すぐにミソラの屋敷よりももっとずっと簡素な作りの家であることがわかる。空気の感触からも、まだここは人の土地であるようだった。
起き上がってみたが、誰かがいる気配はなく、部屋の中にも衣類や生活道具、食物も見当たらない。床にはうっすらと埃が積もっていて、どうやらそこは打ち棄てられて久しい空き家のようだった。しかし、蘇芳が自分でここまで歩いてきた記憶はどう思い返してもない。
ということは、誰かが蘇芳をここまで運んだのだ。
一体誰が、何のために? 自分の姿を見て、明らかに人ではないと分かってなお、恐れず情けをかけてくれた者がいたという事実に、蘇芳は心臓に新しい血液が流れ込むような心地がした。
全てを手放したいと思っていたはずの蘇芳の胸に、急激にその人物に会いたいという希求が生まれる。そんな人物がいるのなら、その人がこれまでと違う何かをもたらしてくれるかもしれない。誰かを求める気持ちが自分の中にまだあったことに、蘇芳は不思議な驚きを覚えていた。
人として生きたいと願い、それが叶わないと分かったら今度は土に還りたいと願う身勝手さを、大地にさえ咎められ、拒まれたように感じていた蘇芳の心に、ほんの少しだけ、生気が吹き込まれた。
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