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第34話 最後の灯火

 その生活は、耐え難いほどの孤独感に溢れていた。  一度知ってしまった人の温かさを求めて、発情の記憶が薄れていくごとに、もしかしてもう大丈夫なのではと思い、必要とされたい、存在を許されていると感じたいという思いが強くなる。  そうなった頃合いを見計らうように、発情期はやってきた。見た目がすっかりあやかしのそれになり、熱に浮かされ、身体が否応なく淫らに疼き、ひどい欲求に幾日も悩まされる。  いつやってくるのか分からないそれに、蘇芳はすぐに頭と顔を隠せるよう、膝掛けのように大きな布を目深にかぶるようになった。  その格好のせいで、町の人からは他所から来た素性の知れない薬売りとして遠巻きにされていることも、蘇芳は知っている。  しかし、辛抱強く、投げ捨てるように対価を払われても、一生懸命病状を聞き、最善と思う処方をするうち、少しずつだが信頼をしてくれる人も出てきた。それが、蘇芳には涙が出るほど嬉しかった。  ‪—‬—こんな俺でも、必要としてくれる人がいる。 「い、いつもありがとう……これ、母さんがお兄さんの薬はよく効くから、お礼にって」 「……あり、がとう」  ‪—‬—辛抱しろ、蘇芳。どれだけ嬉しくても、応えるわけにはいかない。  そう思っていても、その誘惑は強力だった。全てを話してしまいたいと何度思ったことだろう。  ありのままの自分を知ってなお、受け入れてくれる人がいるんじゃないか。鉄郎の時はあまりに気が動転してしまっていて考えもしなかったけれど、皆が皆鉄郎と同じような反応をするとは限らないかも知れないではないか。そんな思いが過ぎることが増えていた。  しかし、その考えは甘すぎることが、すぐに残酷な形で証明された。 「ひ……っ!」 「頼む、殺さないでくれ!」 「こっちに来るなああ……!」  少しでも自分のことを気にかけてくれる人が現れるたび、抑えられず、惹かれてしまった。許されるのでは、という誘惑に負けて、三人目で、もう十分だ、と蘇芳は思った。  これ以上は、もう耐えられない。泣いて、泣いて、泣いた。 「どうして、俺は、生まれてきたの……っ」  薬草を刻むための刃物をじっと見つめて、けれどそれを自分に押し当てる勇気がないことも自分で分かっていて、その全てに絶望した。  支えにしていた、金の瞳のあやかしにたどり着けそうな手がかりだって、何も見つからない。  当たり前だ、都合よく向こうから来てくれでもすれば別だが、こちらが知っているのはおぼろな顔立ちとあの香りだけ。それで何かが掴めると思う方がめでたい頭すぎる。 「っはは、……やっぱり、俺の思い過ごしだったんだ。そんなの、全部、俺の……」   厳しい冬が過ぎて日に日に暖かくなり、山や野は生命の歓喜の声に溢れているというのに、蘇芳の心は反対に冷え切り弱っていた。春の陽気に緩む空気とは対照的に、蘇芳はたった一人、自分だけが誰からも受け入れてもらえないという、誰とも分かち合えない凍てついた痛みを抱えていた。  ‪—‬—俺が、ばかだったから。あの方の言いつけに背いたから。  ミソラは、蘇芳をそばに置きたがっていた。何の役にも立っていなくても、それを咎めることもせず、ただ笑って共にいてくれた。それがどれほどありがたかったか、今身にしみて分かる。  あの金の瞳のことも、ミソラならきっと知っているだろうと思わなかった蘇芳ではない。けれど一度は黙って逃げ出し、もう一度差し伸べられた手も振り払っておいて、自分が知りたいことだけ都合よく聞きにいくような真似はできなかった。なんと愚かな意地っ張りだろう。  それでも、今、蘇芳の頭に思い浮かぶのは、たった一つ残された逃げ道だった。  お前の場所は、いつでも開けてある。  あの時は必死に逃れたかったくせに、今になってあの時確かにそう言った、と思い出すのも虫が良すぎて反吐が出そうで、でも今その言葉は絶望の中で光輝く救いに見えた。  ミソラも、そうして意地を張り続けている自分にもう愛想を尽かしているかもしれない。いまさらのこのこ帰ったところで、自分の居場所はもうないのかもしれない。でも、他にもう本当に何も、残っていない。  今にも消えそうな最後の灯火に縋るように、蘇芳は力無く、山を目指した。

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