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第39話 合いの子

 このあやかしに、何か自分は大きな勘違いをしているのかもしれない。最初から自分に好い感情を持ってくれていると、どうして思い込んでいたのだろう。  ‪—‬—同じあやかしなら、この苦しみがわかるものだと、分かった上で救ってくれたのだと思っていたのに。 「そうじゃないなら、あんな匂いをプンプンさせて、どうしてあんなところにいた? あれじゃ食ってくださいって言っているようなものだ」  追い打ちをかけるように、言葉が投げつけられる。 「匂い……?」  いろいろカチンとくることを言われているが、真っ先にそこが引っかかった。 「ああ、甘ったるい、発情期の匂いだ。前倒れてた時もそうだった。あのままじゃやばいだろうと思って人家のあるところまで運んだんだ。例え廃屋でも、人の住むような場所まではなかなかあいつらも頻繁には足を向けないからな。俺だってあそこまで運ぶので限界だったんだぞ。それを二度も……お前、まさか何も知らないのか?」 「匂いなら、晴弥だって……でも、ミソラさまはそんなこと、」  言いながら、蘇芳は混乱してくる。そう言えば、ミソラが第二性のことを話してくれた時、癸は発情期に甲を惹きつける匂いを発すると言っていたのが、唐突に思い出される。 「でも、これまでも俺、何度も同じように山奥にいたことがあったのに、そんなこと一回もなかった。何も、誰も近づいてなんかこなかった」  あやかしどころか動物さえ自分を遠巻きにして、まるで全ての生命から見放されたような絶望に駆られた。だから、ミソラの言ったことも忘れていた。 「それは、……」  何かを晴弥が言いかけて、口をつぐんだ。  蘇芳は気に掛かったが、膨れ上がる感情の方が大きく、そのまま続ける。 「晴弥が、初めてだったんだ……他の人たちのように俺を恐れず、ミソラさまのところにいた他のあやかしたちのように腫れ物に触るようにもせず、そうするのが当たり前みたいに助けてくれた」  言葉にするうち、押さえつけていた記憶が、感情が、膨れ上がっていく。蘇芳が「ミソラ」と連呼するたびに晴弥が顔をしかめるのが目に入ったが、止まることができない。 「俺だって、好きでこんなふうになってるんじゃない……っ」  晴弥に会えたら言いたかったこと、聞きたかったことがたくさんあったのに、それを上回る感情に引きずられる。 「俺のことなんか、何も知らないくせに……あんたみたいな、力の強いあやかしと違って、俺には居場所がないのに、こんなふうにならなければ、普通に人として生きていけるのに……っ、」  堪えていた涙がとうとう決壊して、頬を伝ってぼたぼたと床に丸い水滴を作る。勢いのままに眼前の金の瞳を見据えると、晴弥はどこか苦い顔で蘇芳を見つめ返した。 「……お前のことは、知ってるよ。俺と同じ、〝合いの子〟だってな」  言ってから、晴弥はハッと口をつぐんだ。まるで、口を滑らせたとでもいうように。  ‪—‬—え……?  蘇芳は耳を疑い、まじまじと晴弥を見つめる。  今、晴弥は「合いの子」と言った。「俺と同じ」と。 「え、晴弥、も、俺と同じ……?」  聞き逃さず拾い上げた蘇芳に、晴弥ははっきりと渋面になった。首の後ろをかきながらしばし押し黙った晴弥だったが、やがて観念したようにため息をついた。 「そうだ。俺も、お前と同じ、人とあいつら……人が呼ぶところのあやかし、か。その両方の血が流れてる」

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