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第41話 唯一のつがい
「お前、まさかつがいに夢見てるなんて言わねえよな?」
「つがい……」
はっきりとした不快感をあらわにする晴弥に、またしても何か引っ掛かるものを覚える。自分がわからない何かに対して、晴弥は怒りをむき出している。
「そうだ、ミソラに聞いたならある程度は知ってんだろ。甲と、癸。発情期が来れば惹かれ合う。その中で相性のいい相手の匂いは好ましく感じるとか、唯一の相手が存在するとか、その類の話だ」
そこまでの話はミソラから聞いた記憶がない。確かにそんな相手がいるなら、見てみたい、出会ってみたいと思うだろう、と蘇芳は思った。それが顔に出ていたのか、晴弥が露骨に嫌そうな顔をする。
「お前、自分がどうして生まれたか分かってんのか。そういう幻想に駆られたあいつらが、仲間内では飽き足らず、種も性も関係のない人間たちにまで広げてその〝唯一〟を求めた結果が、お前や俺だ。俺は合いの子だからお前を孕ませることはなくても、ミソラや他の力の強い、血の濃いやつならそうはいかねえ。そうして生まれる子はどうなる? お前と同じような目に遭わせたいのか?」
晴弥の言葉が、鉛のように蘇芳の全身を重たくした。自分でしていることがなんなのか、はっきりと突きつけられる。そんなつもりは蘇芳に全くなかったのだとしても、晴弥の言っていることはその通りだった。
「……首」
「首?」
しっかりと飲み込むいとまもなく、また投げやりな声が飛んでくる。
「つがいになるには、首の後ろを噛む。甲が、癸の」
さっと血の気が引く思いで、蘇芳は自分の首に手をやった。
「噛んでねえよ」
苦い顔で、晴弥が付け加えた。
「噛まれないように、なんか巻いとけ。すぐには外せないようなやつがいい。お前の発情に当てられて暴走した甲は何をするかわからない。噛みたくても邪魔なものが犬歯に当たれば不快感で勢いが削がれるが、そんな無防備に晒してりゃ、一発だ。噛まれたら、もうお前はそいつから逃げられない。あのまま、ミソラのところに行く気だったろ、お前」
恐ろしいことを言われている気がするけれど、実感がなさすぎて、どこかお伽噺を聞いているようで、蘇芳はただ晴弥を見つめるしかできなかった。
——つがい。唯一。噛まれたら、逃げられない。
ミソラに言われた時は、自分が人ではないとはっきり示されたことばかりに心が占領され、他のあやかしとどうかなるなど考えてもみなかった。これが晴弥でなかったら、今頃、と思うと、遅れて背筋が寒くなる。
——でも……
もう一度、そっと頸に手を触れる。
晴弥は噛みたいと思ってくれなかったのか、と、落胆が一瞬よぎり、そんな大胆なことを思った自分に蘇芳は驚いて、顔を伏せた。そんなことを思うなんて今の話を聞いていなかったのか、と言われてしまう。どうしてそんなことを思ったのか、自分の心の動きが自分でも分からなかった。
それと、と晴弥が言葉を続ける。
「居場所なんか、誰もくれねえよ。お前は、頑張ってればいつか誰かが自分を認めてくれて、報いてくれて、分かってくれて、さあどうぞってお前が歩く道をお膳立てしてくれると思ってる。でも、俺らみたいなのは、あいつらとも、人とも一緒には生きられない。自分の力で生きていくしかねえんだ。誰も信用できない、誰とも生きられない。それが、俺たちみたいな半端者、〝合いの子〟だ」
「そんな……」
今度こそ、蘇芳は絶句した。
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