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第45話 変わったのは
晴弥を追いたいのは変わらない。あんな言われ方をしたままではどうにも収まらない。
しかし、それをはっきりとは言わないが、ミソラがよく思っていないような気もして、気が騒ぐ。発情について蘇芳が尋ねたのも、その心まではミソラも分かりきっていないだろうが、歓迎される問いではなかっただろうと想像がつく。
それが何を意味するのか、結論を導くことは怖かった。もしはっきりと言われたら、揺らがない自信がない。
——もし、ミソラさまに、自分のつがいになって欲しいと求められたら、俺は、はっきり断れるだろうか。
初めて発情を迎えた時は、訳が分からなかった。今思えばだからこそミソラの手を取らずにいられたのだと分かる。これほどに辛く、抗い難く、自分を縛り付けるものだと分かった今、それでも晴弥を、人としての里の皆との暮らしを、諦めずにいられるか。
黙ったまま、蘇芳は何も言わず歩き続けるミソラの背を力無く追った。
どこに向かっているのか気に留める余裕もなかったが、やがて蘇芳は、前方に小さな祠が見えてきていることに気づいた。
「行くかい?」
今までのやりとりが全てまるで何もなかったように、穏やかに、なんの含みも感じ取れない声でミソラが言う。
こんな簡単に解放されるとは思っていなくて、理由のわからない不安に蘇芳はミソラの顔を見た。
いいんですか、と口まで出かかる。しかし、自分がそれを言える立場にはいないということをすぐ思い出し、黙って頭を下げた。
ミソラはどこか、見たことのない表情をしているように見えて、それだけが少し気がかりだった。
祠を抜け、山を下る。どこをどう歩いているのか全く分からなかったが、ミソラが無意味にこの祠へ案内したのではないはずだと思ってひたすら歩みを進めた。
しらじらと闇が薄くなり、やがて鳥たちの囀りが聞こえてくる。程なくして見えてきたのは、見慣れた人里の景色だった。朝餉の用意をする家々から、炊事の煙が上がっている。数日離れていただけのはずなのに、随分と前のことのように感じた。
髪を結っていた紐は結局祠で無くしてしまったので童のように下げ髪でいたが、ひと房つまんでそれが黒になっていることを確認する。ひとつ深く息を吸って、頭巾を目深に被り、蘇芳は里へと降りていった。
埃っぽく、さまざまな匂いで満たされた空気に人の営みを感じる。
「ああ、あんた! 頼んでた薬、まだかい。あんたの薬がないと、もう腰が痛くてかなわないんだから」
早朝から忙しなく人の行き交う往来に出た途端、後ろから声をかけられた。振り向いた先にいたのは、蘇芳を贔屓にしてくれている老婆だった。この町に出入りしている薬売りは蘇芳だけではないのに、その怪しげな風体も気にとめず、早くから蘇芳の腕前を買ってくれているありがたいお得意だ。
突然のことに束の間ぽかんとした蘇芳だったが、じわじわと泣きたいような、笑い出したいような衝動に駆られる。
「ああ、おばあちゃん、あれね、すぐとってくるから待ってて」
よほどおかしな顔つきになっていたのか、怪訝な顔をする老婆を置いて、蘇芳は間借りしている住まいへと飛んで帰った。
——変わってない。何も変わってない。変わったとすれば、それは俺の方だ。
ただあてどもなく金の瞳を待ち、自分からは何もせず、もしかしたら次は何かが変わってくれるのではないかという後ろ向きな期待をするばかりで逃げていた、つい先日までの自分。
それとは、もう違う。今の自分にできることがある、少なくともその感覚だけははっきりとある。
晴弥の言ったこと、それに対して自分が感じていたこと、そのどちらもまだしっかりとは掴めていない。晴弥を追うつもりでミソラのところへ行ったけれど、今闇雲に追いかけても、晴弥は取り合ってくれないだろうと落ち着いて考えれば分かった。
——今やるべきことは他にある。でも、このまま忘れることなんてできない……あの人は勝手にしろ、俺には関係ないことだと言っていたけれど。
考えたいことが山ほどあった。晴弥の言ったこと、それからその足取りをどうやって掴もうか、ミソラは何をどこまで知っていて、なぜ今は教えられないと言ったのか、それに、発情を軽くできるかもしれない可能性……。ここを離れていた間に見聞きしたことを、考える時間が必要だった。
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