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第56話 会いたい*
蘇芳は、戻った部屋で一人、考えていた。
誰かを必要とする。大事にしたいと思う。一緒に、生きていく。
そうしたい、と思う気持ちに、あやかしも人も関係ない。
すとん、と素直にそう思えた時、蘇芳の心にぽつんと残ったのは、「会いたい」という気持ちだった。
想像したら、胸がいっぱいになった。晴弥とずっと一緒にいられたら、毎日顔を見て、声を聞けたら、どんなにいいだろう。そうして、晴弥が笑ってくれたら、どんなに嬉しいだろう。
——あなたのことをもっと知りたい。どんな子どもだったのか、俺くらいの歳の頃はどうしていたのか、何を見て、何を聞いて、何を思って今のあなたが作られたのかを知りたい。そして、あなたの助けになりたい。どうか、諦めないでと……。誰かを大事に思うことは、怖いけど、それ以上にきっと生きる意味になるのだと、俺自身が証になって、伝えたい。
一度言っても、すぐに信じてはもらえないだろう。でも、そうさせてもらえるのなら、何度でも言おう。自分自身がその証となるように。
晴弥の言っていることも、今は少し分かる気がしていた。
——居場所も、生きる意味も、誰かに与えてもらうんじゃない。俺が見つけて、自分で確かなものにするんだ。
大声で叫びたい気持ちだった。今すぐ、晴弥に会って、伝えたい。自分から闇雲に探しにいけないのが、もどかしかった。
「晴弥……」
名を呼んだら、もうだめだった。
切なくて、恋しくて、蘇芳は部屋の端に置いたままだった自分の少ない持ち物の中からあの麻布を取り出し、顔を埋める。
もう匂いは残っていないのに、そこに晴弥の匂いがするような気がして、昂る気持ちを抑えもせず蘇芳は深く息を吸い込んだ。
ぐうっと胸の奥が締め付けられて、目の奥が熱くなる。湿った吐息をこぼし、身体の中心に灯った火が急速に燃え上がっていくのに任せれば、とろり、と腹の奥が濡れる感触が背筋を走った。不思議なほど、恐怖も嫌悪感はない。そっと手拭いを畳の上に敷き、着物をはだけた。
「ん、っ……」
晴弥だけが例外なのだ。発情の周期を無視して、晴弥を思った時だけ蘇芳の身体に訪れる変化。それがどういう摂理なのか蘇芳自身にもわからないし、分からなくていいようにも思う。
髪を結っていた紐が解けて、ぱさりと肩を打った髪がひと房顔に滑りかかった。その白銀を認めても、蘇芳の昂った気持ちは萎まない。
——終わってもまだ姿が戻らなかったら、夜のうちに山に行けばいいよね……。
は、と熱い息を吐く。ここまで大胆な気持ちになっているのも、初めてかもしれない。今はただ、自分の中に渦巻く熱を受け入れ、感じたかった。
「ん、ぁ……ッ」
長屋の薄い壁はいとも簡単に中の音を伝えてしまう。声を上げないよう堪えても、晴弥の手を思い出して自分の肌に触れればどうしても抑えられない。仕方ないので着物の端を噛んだ。
「ふ、ん、んぅ、!」
しきりに疼く下半身にはまだ触れず、しっとりと汗で湿った胸元に手を這わせる。
する、と焦らすように胸の頂に指を掠め、それだけでびりびりと痺れるような快感に背をしならせた。いつかの祠でされたのを真似るように、期待と興奮でぷくりと勃ち上がった尖りを転がし、摘み、自らの唾液で濡らした指先を舌に見立ててぬるぬると押し潰す。
「ん、ぅ、んんッ」
こんなところで感じるのはまだ少し恥ずかしさがあって、けれどそれが今は興奮をいや増すだけでしかない。辱められたいなどという欲望が自分にあることを、蘇芳は初めて知った。
あの強い光を湛える瞳に射抜かれ、支配されたい。それこそが喜びであると、蘇芳は知っていた。
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