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第57話 月が満ちるのを待つように*

 着物を咥えている口内までじんわりと痺れてくるようで、蘇芳の頭の中では声を出さぬよう、晴弥に布を噛ませられている想像で一層心が掻き立てられるようだ。  ‪—‬—ああ、でも。  一度も、その口で塞いではくれなかった、と今頃になって思う。あの時は無我夢中であったし、晴弥のことをきちんと知ってもいなかった。  けれど今はもう触れてもらうだけでは足りないと心が叫んでいる。願っていいのならば、自分を全て差し出し、晴弥の全てが欲しい。身体だけでなく、もっと深いところで繋がりたい。  それはもう言葉では説明のできない、心の奥深くから溢れ出てくる思いだった。  乱暴なほどに貪り、息が止まるほど翻弄してほしい。痛いほど張り詰めている屹立には手を触れず、蘇芳はこれまで自分では触れることを避けていた、その奥の足の間へ手を伸ばした。 「んうぅ……!」  溢れんばかりの蜜液で濡れそぼった後孔は、つぷりと中指を差し込んだだけで震えるほどの快楽を伝えてくる。自分でも驚くほど熱くきつく絡みついてくる肉壁は蘇芳の細い指一本では到底足りないとうねり、ぎゅうぎゅうと中を満たす質量を求めて収縮した。  ‪—‬—足りない、……ッ!  快楽か切なさか判別のつかない涙をほろほろと溢し、蘇芳は入るだけ指を小さな孔に突き入れ、掻き回した。 「あ、あ、あ、……〜〜ッ!」  自分の指だけではあの時のようにはいかなくて、屹立へも手を伸ばす。前も後ろも同時に刺激して、身体をぐうっと丸めながら蘇芳は果てた。  はあ、はあ、と荒く息を吐きながら、蘇芳は横たわったままぼうっと部屋の天井を見つめていた。  足りない、とは思うけれど、それは悲観的なものではない。どこか、幼い頃に月が満ちるのを待っていた時のような、少しだけ静かに興奮していて、けれど待っているこの時間そのものも楽しい、そんな気持ちだ。  熱が、引いていく。発情が収まっていくのが分かる。髪や目も黒くなっているのは見なくても明らかだった。手拭いで身体を拭い、乾いた着物に着替える。窓を引き開け、気持ちを切り替えるように深呼吸して、順番が前後してしまったが持って帰ってきた荷物を広げることにした。  黙々と手を動かしながらも、考えるのはただ一人のこと。  あんな態度だったけれど、きっと遠くへは行っていない。もしこれまでの数少ない接触から感じ取った蘇芳の予想が当たれば、ああ言っていても、里へ降りてきて人を困らせるのを止めはしないだろう。あるいはその行動にもし何らかの変化があったなら、それは蘇芳の言葉の与えたものだということになる。いずれにしても、それを掴むことが全ての契機になるはずだった。  だから——蘇芳がその後耳にした話の中身も、それに続くことになる出来事も、蘇芳にとっては全く予期せぬものだったのだ。

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