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第60話 輪の中にいたのは

「ミソラさま! ……っ、晴、弥……!?」  その光景に、蘇芳は思わず立ちすくんだ。  いつの間にか、あたりには懐かしい景色が広がっていた。そこはミソラの屋敷からも遠くない開けた場所で、昔蘇芳もよく遊んだところだった。  しかし今そこには、無数のあやかしが何重にも円を描くように詰めかけていて、その中心に、闇の中白く輝く髪と装束のミソラと、……罪人にするように手枷をはめられ、地面に転がされている晴弥の姿があった。相当抵抗したのか、漆黒の髪は埃に塗れて艶をなくし、頬や額に幾つもの傷と出血の痕がある。憔悴した表情で目蓋を閉じた姿に、蘇芳は胸をかき乱された。 「ど……して……」  ここに晴弥もいるだろうと予想していなかったわけではない。しかし、こんなに酷い姿になっているとは思いもしなかった。  手にはめられているのが、ただの手枷でないことは一目見ればすぐ分かった。  近くにいるだけで、それにミソラの力の気配が満ちているのを感じる。強い力で肉体だけでなく、あやかしとしての力の一切も封じ、支配下に置くものだろう。  ミソラ以上の力の持ち主でない限り、外すこともかなわない。およそあやかしの受ける扱いの中で、最下等‪—‬—最大の辱めだった。 「ミソラさま……! これは一体、どういうことなんですか……!」  衝撃と混乱で、胃の底がすうっと冷えるような心地になる。晴弥が殺されてしまうかもしれないと恐怖した蘇芳は、考える間もなく輪の中心にいるかつての育ての親に向かって叫んでいた。  しかし、その声に輪をなしていたあやかしの視線が一斉に向けられ、たじろいだ蘇芳は一歩後ずさる。その場にいるあやかしは皆ミソラと同じように人型をしており、それだけで力のある高位のあやかしばかりであることが伺えた。彼らにかかれば、自分など手枷をはめるまでもなくひとひねりだろう。無言の視線にはおよそ蘇芳に理解できそうな感情は感じられず、自分とは全く違う強大な存在であることがひしひしと伝わってくる。これが本来あやかしというものであり、ミソラが自分に見せていたのはその顔のほんの一部でしかなかったのだと今更のように思い知った。  しかし、蘇芳は逃げ出さなかった。地面に転がされていた晴弥が閉じていた目蓋をゆっくりと持ち上げ、その金の瞳と視線がかち合った、それだけで全身の血が巡り、手足に力が戻ってくるような心地になったからだ。  ‪—‬—俺は決めたんだ。あなたの手をとって、俺が分かったことを伝えなきゃいけない。諦めなければ、見つかるんだって。俺が、あなたに出会えたように、この世には全てを諦めたくなっても、自分には予想もつかないことがたくさんあるんだって!  震える息を吐き出し、もう一度目に力を込めてミソラを見上げて蘇芳は声を振り絞ろうとした。しかし、先に声を発したのは、意外な人物だった。 「お前、何しに来た」  晴弥だった。声は掠れ、力無く弱々しい。蘇芳を咎めるように、というよりも、困惑や動揺の方が色濃くにじんでいる。力が封じられているためか、晴弥の匂いもしないことに、蘇芳は今更のように気づいて胸が抉られるような気持ちになった。

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