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第61話 父と息子
「おまえ、まだそんな憎まれ口を叩く余裕があるんだねえ」
ミソラが呆れ笑いで足元を見下ろす。蘇芳が聞いたこともない声だった。
——ミソラさまは、今どんな気持ちで晴弥の前にいるんだろうか。
この一帯を治めるあやかしの長としてなのか、あるいは……父としてなのか。
「自分がやったことを分かっているものの口のきき方はどんなだったか思い出させてやらないといけないかい?」
穏やかな、しかし背筋の寒くなるような問いかけに、蘇芳がようやく一歩前に踏み出した。
「待ってください……!」
この状況から見て、一番当たって欲しくなかった予想が当たってしまっていることが明らかだった。
あやかしたちの無言の視線を振り切り、輪の中へ足を踏み入れる。
片眉を上げ、じっと蘇芳の動きを見守るミソラと、その足元の晴弥の前に、蘇芳は立った。
正直なところ、足の震えは止まらないし、心臓は今にも弾け飛びそうだ。
でも、自分しかいない、と思った。今ここで、流れに逆らうことができるのは、自分しかいない。この場の誰にも求められていなくても、自分が初めて、大事にしたいと思ったその気持ちをなかったことにはしたくなかった。
「そのひとを……晴弥を、どうするおつもりですか」
きっとこの状態で自分に見下ろされるのは屈辱だろうと、晴弥を見つめたい気持ちを抑え、ミソラから目を逸らさずに蘇芳は言った。
ミソラは口元だけで小さく笑い、冷たく澄んだ目で蘇芳を見た。
「少し見ない間に、随分いろいろと考えるようになったのだね、私の可愛い蘇芳」
蘇芳より先に、地面に転がされている晴弥がぴくりと肩を揺らし、首を捻って射殺しそうな形相でミソラを睨み上げるのが視界の隅に見えた。
蘇芳は、自分の心の中までを見透かされるような居心地の悪さと同時に、今目の前に立つのはかつての養い親としてのミソラではなく、自分の治める地で起こる全てを識り、統べる者としての圧倒的な力を感じ、思わず目を伏せる。
ミソラは晴弥の反応を気に留めた様子もなく、また蘇芳が呼びかけに応じそうにないのを分かってか、軽く肩をすくめて続けた。
「心配しなくても、この子には反省してもらうだけだよ。悪戯も多少のことなら大目に見るが、度が過ぎれば均衡を乱す。他のものへの手前もあるし、それなりにもうする気にならないくらいの罰にはなるだろうけれどね。……いつまでたっても手のかかる子だ、私の責任でもあるのだけれど」
最後の一言はまるで自分に言い聞かせるようにつぶやかれた。しかし、そこに怒声が被さる。
「おい、黙ってりゃ勝手に御託を並べやがって。今更父親ヅラしてんじゃねえぞ」
きっとそうだろう、と思っていたことだけれど、はっきりと言葉にされるのを聞いた蘇芳は静かに息を飲んだ。
悲しみと、やりきれなさと、足掻いてもどうしようもないものを前にして、絶望に抵抗することの虚しさとずっと戦ってきたのだと、自分に対するよりも遥かに感情をむき出した晴弥に、蘇芳は胸を掻きむしられるような思いになる。
しかし、ミソラはそれに怒るでもなく、むしろ親しい者にしか許されない気安ささえ覗く表情で晴弥を見下ろした。
「お前だって私のことを父だなんて思ってないだろう。それだけ威嚇を撒き散らして」
眉をあげて揶揄うように言うミソラに、晴弥が目に見えて狼狽える。
「な、っ……!」
「おや、無自覚かい? 全くお前ときたら、親を捕まえて恋敵認定とはね。ここにいる皆、肌に突き刺さるくらい感じているよ」
話の雲行きが読めなくなってきた蘇芳は、懸命に追いつこうと二人の顔を交互に見る。
「これは俺の癸だ! ってね」
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