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第62話 人として、あやかしとして

「!!」  晴弥、そして蘇芳の双方が言葉を失い、しばし場に沈黙が降りた。  ‪—‬—癸……って、俺のこと……?  いや、もしかして、ここに大勢詰めかけている中にも癸はいるかもしれない。はやる鼓動を懸命に堪え、蘇芳は固唾を飲んでことの成り行きを見守る。  ミソラが歌うように続けた。 「気づいていないと思っていたのかい? この子が現れた瞬間からお前の威嚇で四方の獣たちまで逃げていったほどだと言うのに」  この子、と言うのがここにいるあやかしの中の誰かを指しているのではないのはさすがに蘇芳にも分かった。改めて、その意味を反芻すると、顔から火が出そうになる。  ‪—‬—そんな……俺の、って……。  場違いな感情を抱きそうになり、蘇芳は慌てて深呼吸した。  ミソラはむっすりと黙ったままの晴弥にくつくつと笑い、しかしその顔はどこか寂しそうにも見える。 「おおかた、そんな話じゃないかとは思っていたけれどね……わたしにも、思うところはあるよ」  ミソラの声色がほんの少し変わったような気がして、蘇芳は顔をあげた。 「お前の思っているだろうことは大凡分かっている。お前はお前自身が思っているよりも、ずっと私に似ているよ……苦々しいほどにね」  ミソラが、そしてその言葉を聞いた晴弥が、同時に顔をしかめる。その表情は、確かにハッとするほどよく似ていた。 「お前がわたしに釘を刺しにきたことがあったね。この子を……蘇芳をどうするつもりだと」  蘇芳は息を飲んだ。ミソラの屋敷で暮らしていた時、庭からそっと覗き見た、ミソラの客人。あれはやはり晴弥だった。 「その時はまだお前の真意が読めていたわけではなかったし、お前自身わかっていなかったのだろうね……あの時からすでにお前はわたしを牽制していた。しかし、血は争えないものだな」  苦笑いして、ミソラが足元を見下ろす。 「わたしはこれでいて情緒を重んじるたちでね。力で従えることは簡単だが、それでは味気がない。わたしは蘇芳が自らの意思で選ぶものを尊重した。お前の時にもそうしたように」 「……黙って聞いてりゃ適当なこと言いやがって」  晴弥が唸り声を上げる。身体を起こそうとしたが、力が入らないのかうまくいかないようで、転がされたまま身体を捻り、ミソラを睨みつける。 「綺麗事抜かしてんじゃねえ。てめえは結局最後のところ自分の欲が満たされればあとのことはどうなろうが知らぬ顔だ。おおかたこいつにだって私の唯一だとかなんとか囁いてその気にさせようとしたんだろ? 俺はあんたとは違う。目先の欲を美化して不幸な命を生み出すことも、すべての生き物の支配者ヅラをして自分の匙加減一つで命を容赦なく切り捨てるような真似もしない!」  その叫びこそ、ずっと蘇芳が晴弥の口から聞きたかったことだった。心臓が握り潰されるように痛い。晴弥の抱えていたもの、自分より遥かに強く濃いあやかしの力を引く合いの子の、存在する苦しみに共鳴する痛みだ。この痛みを癒すために、ここに来たのだと蘇芳は改めて思い出した。

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