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第74話 探したものはこの手の中に
「そうだ、最初に、晴弥が俺を運んでくれた、あの家とか。人が長いこと住んでいなかったみたいだから傷んでいるところもあるかもしれないけど、直せばきっと住めると思うんだ」
思いつくまま口にしたが、自分で驚くほどしっくりくる。
晴弥を連れて、人里で暮らすのはどうしても無理があるように感じた。かといって、人と関わらなくなるのも、蘇芳には耐え難かった。自分を頼ってくれている町の人たちの顔も浮かぶ。
——それなら、俺たちらしく、その間で暮らせばいいんじゃないかな。
それは決して後ろ向きな思いからでなく、ごく自然なこととして蘇芳の中から生まれたものだった。
「ああ、でも、」
ふとあることに思い至って、蘇芳の声が暗くなる。
「俺、もうあの家がどこにあったか、思い出せないや……」
せっかくいい思いつきに思えたのに、その後幾度となく家移りを繰り返していたために、正確な場所が思い出せない。
「まあ、」
「いや、」
蘇芳が肩を落として言い直そうとしたところに、晴弥の声が重なる。
「え?」
「あの家……昔、寝起きに使っていた。だから……まあ、どこにあるか分かるかと言われれば、分からなくはねえが」
「……!」
驚いて見下ろした晴弥の目元が、やたらとぶっきらぼうな物言いと反対にほんのりと赤い。こうしている今も視線が頑なに合わないのも、先ほどから少しだけ早口なその声に感情が読み取れないのも、いっぺんに理由がわかった気がして、蘇芳は首に回していた手で頭を抱き寄せて頬擦りをした。
「ッおい、危ねえだろうが!」
こう見えて、晴弥がだいぶ感情的に不器用なことは蘇芳にも分かってきている。求められることにも、当然のように共にある存在がいることにも、慣れていないのは丸わかりだった。
「ねえ、いいの?」
反応からほとんど確信しているけれど、その口から聞きたくて、蘇芳は駄目押しをした。
「……お前がそうしたいなら」
「嬉しい……」
素直に、そう言えた。
確かなものなどまだ何もなくても、その一言に、晴弥が蘇芳の手を取ってくれた時と同じものを感じた。
全てが一晩で降ってきたことで、まだふわふわとしている。
けれど、こうして一つ一つこの先のことを考えると、これが今の自分に本当に起こっていることなのだ、と実感されて、喜びで身体が破裂してしまいそうになる。
朝日が次第に高くなり、きらきらと朝露が輝く世界に、生きとし生けるもの全てに、叫びたかった。
ありがとう。俺は、俺が生きる理由を見つけました。この人と、歩いて行きます。
「俺、晴弥に聞きたいことも、話したいことも、まだまだたくさんあるんだ」
まだきっとお互いうまく言葉を見つけられていない、これまで思ってきたことや、これからへの思いも。
「いくらでも時間はあるだろ」
そっけない物言いにも、自分に付き合う気でいてくれるのが分かるから、蘇芳は顔が緩むのが止められない。
「そろそろ、出るぞ」
晴弥の言葉に前方を見ると、蘇芳が行きに通った稲荷神社の小さな祠と、古びた鳥居が見えてきていた。
ここから先に、蘇芳が生きてきた時間が詰まっている。そこへ、今は晴弥と共に戻ろうとしているということに、甘く胸を締め付けられる。
「うん」
さああ、と木の葉を風が渡り、二人は揃って鳥居をくぐった。
「あ」
風に乗って、柔らかく白いものがはらはらと蘇芳の頬に舞い落ちてきた。
「どうした?」
晴弥の頭に、肩にも、はらり、はらりと舞い落ちる。
「桜だ……」
来る時は夜更けで見過ごしたのだろうか、見事な山桜から、絶え間なく淡雪のように花びらが降り注ぐ。
「……っ」
その光景に、重なるものがあった。
「ばけ、もの……」
呟くように、口にする。けれどもうその言葉に蘇芳が怯えることはない。ずっと探していたものを、見つけたから。
「? 何か言ったか?」
「ううん。昔も、こうして桜が散るのを見上げたことがあったなあって」
じわりと目尻に滲んだものを拭って、蘇芳は晴弥に笑いかける。
「俺、世界ってこんなに綺麗だったんだなって、今初めて思った……」
桜吹雪舞い散る中、二人は長い長い口付けを交わした。
——『半端なあやかしの探しもの』・完
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