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宝石の意味
「あ、あの、国王さま……それで、この指輪なんですけど……」
レンの細く小さな指にピッタリと嵌まった指輪を私に見せるが、レンに国王さまと呼ばれるのは嫌だ。
レンの美しい声で私の名前で呼んでほしいのだ。
必死に頼むとレンは『ルーファスさん』と呼んでくれた。
『さん』など必要ないのだがな。
心の声が漏れたが、倍以上も年齢が離れているだろう国王の私においそれと呼び捨てにできないレンの気持ちはわからんでもないからな。
レナルドのいうとおり、これからゆっくりと呼び方は変えていけばいい。
指輪を失くしたら怖いから外してほしいと言い出したレンにもう指から離れることがないこと、そして、この指輪がこの世に二つとないものでレンのためにあるもので生涯の伴侶のみが付けることを許された指輪なのだと説明すると、自分は男だから無理だと言い出した。
おそらくレンのいた世界では男同士の結婚は認められていないのだろう。
だが、ここでは問題ない。
そもそも神がレンを私の伴侶にと指輪を授けてくださったのだから反対の起こりようがない。
だが、レンは元の世界に帰りたいと言って泣き出してしまった。
そんな……ようやく出会えた生涯の伴侶だというのに、また私は一人になってしまうというのか……。
嫌だ、絶対にこの手を離したくない!
けれど、家族を思い泣きじゃくるレンを見ていると胸が痛む。
なんと言ってもまだ子どもだ。
家族と離れるのは寂しい年頃だろう。
成人を疾うに過ぎた私でさえ、両親との突然の別れは寂しくてたまらなかった。
それが互いに生きているにも関わらず会えないとなれば、悲しみは私以上だろう。
生涯の伴侶にそれほどまでの悲しみを与えてまで、私は自分の欲を取るのか?
生涯の伴侶の幸せを本当に願うなら、レンが涙を流さないように全力を注いでやることが大事なのではないか?
それが私がレンにしてあげられることだろう。
たとえ、これから先の人生を一人で暮らすことになったとしても、辛い運命が待ち構えていたとしても、レンが笑顔になってくれることが私の幸せなのだ。
きっとこれまでのリスティア王国の長い歴史の中では、今の私と同じような決断に迫られた国王もいたはずだ。
何かを調べればきっとレンが元の世界に戻る方法も見つかるかもしれない。
その時はもう二度とレンには会えない覚悟をしなくてはいけないがな。
とりあえず戻る方法が見つかるまでは私のそばにいてくれるという言葉ももらった。
それまでのほんのひとときでもレンと同じ時を過ごせることを幸せに思うとしよう。
今はそれだけでいい。
そうと決まればここにいつまでもいるわけにはいかない。
レンをザカリーに乗せ城へと向かった。
レンは馬に乗りながら私をじっと見つめてくる。
そのなんの曇りもない綺麗な瞳で見られるとドキドキしてしまう。
理由を尋ねれば、レンのイメージでは国王とは威張って怖そうに見えるのだとか。
まぁ間違いではないだろう、現に私も周りからはそのように思われているのかもしれない。
だが、レンは私を心から優しい人だと言ってくれた。
生涯の伴侶に優しいと言われて嬉しくないわけがない。
私は天にも昇るような心地でレンを抱きしめ続けた。
城の裏口から回り、レナルドにザカリーを任せレンを横抱きにしたまま城内へと入ると、すぐに私の姿を見かけてクリフがやってきた。
挨拶をした途端、私の腕の中にいるレンの姿を見て、驚愕の表情を浮かべていた。
どうやらまだレンの指に光る指輪には気づいていないようだが、私が誰かを抱きかかえているという事実だけで驚いているようだ。
まぁクリフが驚くのも無理はない。
生まれてからほとんどの時間をクリフと過ごしているが私が他の者に興味を示したり、ましてや宝物のように大事に抱き抱えるなんてことは一度もなかったのだからな。
とりあえず、レンが生涯の伴侶だと知らせればあっという間に城内に、いや国内に知れ渡ってしまう。
まだレンが元の世界に戻る可能性もあるのだから、今はまだ知らせるべきでない。
そう考え、私はクリフにレンのことを大事な客人だから大切にもてなすようにとだけ伝えておいた。
それだけでレンがどれほど重要な人物かはわかってくれるはずだ。
驚きのあまり呆然と立ち尽くすクリフをその場に残し、私は急いでレンを自室へと連れて行った。
ようやく二人っきりの時がきた。
今までは少しでも離れていたくなくてずっと抱きかかえていたが二人だけの空間ならば心に余裕ができるというものだ。
私はレンをソファーに座らせ、レンが好みそうな紅茶と焼き菓子を用意して戻った。
私の淹れた紅茶をレンが飲んで美味しいと言ってくれた時……
――自分の生涯の伴侶には飲み物でさえ、手ずから淹れてあげたいと思うものだ。
美味しい紅茶は淹れられるようになっていた方がいい。
そう父に言われて、紅茶の淹れ方を学んでおいたことを心から感謝した。
ああ……父上、本当でした。
生涯の伴侶に美味しいと言われるのはこんなにも嬉しいものなのですね。
レンが紅茶を飲んで少し落ち着いたところで、元の世界に戻りたいのかと再度確認すると、レンは申し訳なさそうにしながらもはいと答えた。
レンを手放すのは辛い。
だが、家族と別れて悲しむレンを見るのはもっと辛い。
仕方のないことだ。
とりあえず、一度戻ったとしても歳を重ねればまた戻ってきたいと思うかもしれない。
そんな期待も込めて、レンの年を尋ねてみた。
「僕、21歳です」
はっ?
に、じゅう……いち?
いやいや、まさか……。
きっと11と聞き間違えたのだろう。
そう思ってもう一度聞き直したが、やはり21という。
ああ、きっと数の数え方が違うのだと一緒に数えてみたが、数の認識は同じであった。
…………と、いうことは…………
レンは本当に21ということか?
いやいや、成人など疾うに過ぎているではないか!!
てっきり倍以上歳が離れていると思っていたが、9つしか変わらないじゃないか。
レンの世界でも成人を過ぎているというから、仕事は何をしていたのかと尋ねると絵の修行をしていたようだ。
こんなに可愛らしいレンが描く絵はきっと美しいだろうな。
一度見てみたいものだ。
レンはあの湖の絵を描きに行ってこの世界に来てしまったのだと教えてくれた。
確かあの時は、青い湖が夕焼けで赤く染まったら、突然白い光に包まれたと話していたな。
あの時、思ったのだ。
私が持っていた、今はレンの指に嵌まっている指輪の宝石と同じ色を表していると。
宝石には力が宿るという。
あの宝石がこんなにも複雑な色をしていたのは、遥か彼方からここに呼び寄せるために力が必要だったからではないだろうか。
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