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第10話
暫くして来た住職さんは、何事も無かった様な笑顔で戻って来た。
住職「待たせてしまってすまないね」
(それよりも、さきさんは大丈夫だったんですか?)って聞きたい衝動を堪え、俺は住職さんに連れられて今までとは違う客間に連れてかれた。
そして、この村の長である半田小五郎さんを紹介された。
小五郎「君が噂の子かね? いやはや、電話での話しと実際に会って聞くのでは大違いだな。まあ、取り敢えず座りなさい」
俺が座った席の対面に座る半田さんは、豊かな顎髭をたくわえた少しふくよかな体格の人だった。
(いや……背が低いのは血筋なのか?)と余計な事を考えている間も話は続く。
小五郎「私はこの村の長である半田小五郎だ。かたっ苦しいものは抜きにして、この老いぼれと仲良くしてやってくれ」
そう優しく微笑む顔は、年配特有の優しい雰囲気が醸し出されていた。俺は、取り敢えず挨拶しペコリと頭を下げた。
小五郎「それにしても、君はじつにいい素材だ。素晴らしいよ」
(コレは褒められてるのか?)正直どう言う心境で言われたのかは分からないが、一様ありがたく受け取っておく事にした。
「あ、どうも…」
少し恥ずかしくなり、顔を俯く。すると、何を思ったのか小五郎さんは俺の顎を手を添えぐいッと目線を戻された。
俺は驚いて声が出なかった。(初対面で少しコレは失礼なのでは?)と思った俺だが。
すっと、冷たい指が類を撫で、背筋がゾクリと肌が粟立ちそれどころではなかった。
俺はそれが恐怖なのかなんなのか、その感情すらも冷静に考えられない程同様していた。
「あ、あの……コレはどう言う…」
吐きそうな程強くこみ上げてくる快感に、目の前が数秒白くなる。
小五郎「ああ、すまない。少し近くで顔を見たかったものでな」そう言って俺の顎から手を離すと、何が楽しいのか小五郎さんの口角が上がる。小五郎さんは遠ざかった。
小五郎「うむ。やはり君の顔は実に良いな。私の目に狂いは無かった」
俺は恥ずかしさと驚きで言葉が出なかった。
小五郎さんが何を考えてるのか、全くわからない。
俺が黙ってると、小五郎さんは俺の目を見ながら、何かに気づいた様に手を打った。
小五郎「おっと、もうこんな時間か。では私はこれで失礼するよ」
そう言って部屋を出て行く。バタンッ……ドアが閉まる。
俺はようやく、安堵のため息をつくことができた。それから俺は小五郎さんの意味有りげな態度に違和感を感じつつも、気づかないフリをする。
俺の態度に満足したのが、クスっと笑った気配がした。
………わ
次の日、昨日と同じ時間に小五郎さんが部屋に入ってきた。
「こ、こんばんわ…」
先に挨拶をすると、小五郎さんも返してくれた。しかし……なぜか昨日と雰囲気が少し違った。どこかピリピリした感じ。何かあったのだろうか?
「どうかしましたか?」
意を決して問うが「何も無い」とはぐらかされた。
小五郎「それよりこの年寄と、世間話でもせんか?」他愛のない話をするだけだったが、それでも色々な事を教えて貰った。政治の事や経済の事、そして海外の出来事やこの村の事など様々だ。
彼は村の話題になると嬉々として語り出す癖があったようで、俺には全くわからない話も多かったが、それでも興味深く聞くことが出来た。
そんな日々が続いたある日のこと、小五郎さんにこんな話を振られた。
小五郎「君は人を愛した事はあるかい?」
突然の質問に、俺は戸惑いながらも答える。
「い、いえ……無いです……」
小五郎さんは俺の目を覗き込むようにして見つめてきた後、ふっと微笑むと口を開いた。
小五郎「そうか、まだわからないか」
俺「……?」小五郎さんの意図が読めず困惑していると、小五郎さんは再び口を開く。
小五郎「実はね、この私にも最愛の妻が居てね。とても理解のある優しい妻なんじゃ」俺は黙って聞いでいた。
小五郎「だがその妻も数年前に病で亡くなったんだが、私は今でも妻を愛しておるし、彼女の事を忘れたことなど一度も無いんだ」そう言って窓の外を眺める小五郎さんの表情はとても切なく見えて、思わず息を飲んだ。(大の大人でも恋をすると、そんな顔になるんだ…)感心しつつも、俺にはその気持ちが正直分からなかった。
小五郎「君も愛する人が出来れば分かるさ…。それはきっと君の成長に繋がるはずだからね」
それだけ言うと、小五郎さんは部屋から出て行ってしまった。残された俺は小五郎さんの言葉の意味を考えながら、暫くその場から動くことが出来なかった。
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