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第12話
いつものように、俺は小五郎さんの世間話を聞いていた。話に夢中で聞き過ぎたせいか、俺はすっかり冷めてしまった茶に口をつけると、見計らったように唐突話題変えた。
小五郎「昔から飼っていた猫がおってのぉ…。
ソレはそれは綺麗な猫で、村の者たちも大層その猫を可愛いがっておってな。大事に大事に、ソレはもう秘蔵しておったんじゃが……。いつの間にか行方不明だったんじゃ。」
悲しそうな顔で語る小五郎さんを前に。まるで他人事のように感じる俺の耳には入らなかった。
だって、俺にこの話をされなければずっと。その事を知る術が無かったと言うこと。
そう考えればこれは俺にとって決して他人事ではないというのに──そう思うのは、やはり俺が〈そちら側〉の人間ではないからだろう。
「……そうですか」
結局俺はそんなことしか言えない。慰めの言葉なんて思いつかない。俺はその猫のように──いや、猫よりも深く小五郎さんと関わってきたわけではないのだから。
「あのこが行方不明になってから私も村の者たちも元気がすっかり無くなってのぉ…。まだあのこが死んだ訳じゃないと言うのに。ほほ。お恥ずかしい…。
だが、君がきてくれたお陰でまた、元気が出そうじゃ」
そう言って、小五郎さんは歪んだ顔で左上腕部を撫でた。
もしかしたらそこには、可愛がっていた猫の引っかき傷でも有るのかもしれない。
そう思うと俺は、小五郎さんって結構一途な方なんだろう……とか思ったりした。と同時に、ふと思い出す。
「その猫って、もしかして黒猫だったりします?」
(もし、俺が出会ったあの猫がそうなら)って思って聞いてみる。
小五郎「いいや、あのコは白色じゃ」
小五郎さんは言った。(違うのか)俺は心の中でボヤく。あの猫はやっぱり、飼い猫では無かったのかもしれない。俺はそう思うと、小さく息を吐いた。
小五郎「あのこはキメ細かい真っ白な色をした、とても美しいコでな。村の者たちもあのコの事を気に入っていたんじゃ。」
何処か嬉しそうな笑みを浮かべる小五郎さんを見て(よっぽど好きだったんだろうな)素直にそう思った。だが、何処か引っかかる点もある。例えば…。
「そんな猫が、なんでまた突然いなくなったんですか?」俺のその疑問に小五郎さんが答えた。
小五郎「はて、ワシにも分からんのじゃ…」
そう言って首をかしげる小五郎さん。
(ダメだこりゃ)俺は心の中でため息を一つついた。そしてもう一つ気になる事を質問する事にした。
「ちなみに、その猫を見つけたら?」
俺の言葉に小五郎さんは、少し困ったように言った。
小五郎「ワシの楽しみの一つでもありますのでな。見つけたら是非とも我が家に連れて帰りたいと思いますぞ」……どうやら探すつもりは無いらしい。
(やれやれ)俺は心の中でボヤくと、ため息をついた。
小五郎「それじゃあちょっと用事が有るので、私はこれで失礼します」そう言うと立ち上がった小五郎さん。見送ろうと俺が立ちあがろうとした時……。
さき「私がお見送り致します」
突然の声に驚き振り返った。そこに立っていたのは……。(誰?)俺の心の中で呟く。
長い黒髪に真っ白な肌の女性だった。見たところ年齢は20代くらいだろうか? (何だかこの人の顔、初めて見た気がしない…)
小五郎「おお、桔梗か。うむ、良いぞ」
小五郎さんが頷く。俺は小五郎さんに問いかけた。
「あの、こちらの方は?」
すると俺の言葉に小五郎さんが答えた。
小五郎「ああ、この者は桔梗と言ってな。この村の者じゃよ」(……なるほど)納得する俺。
桔梗さんと言う女性は俺に向かってお辞儀した。俺も慌ててお辞儀する。
桔梗「こんばんは。」
丁寧な口調と仕草に、俺は恐縮するばかりだった。(綺麗な人)
「えっと…こんばんは」
俺がそう返事をすると、彼女は目を細めて微笑む。彼女の笑顔はとても美しく、まるで花が咲いたようだった。(綺麗な人だな……)
俺は思わず見惚れてしまった。彼女は少し顔を赤らめると小五郎さんの方を向いた。
桔梗「小五郎様、もうお時間ですよ。」
桔梗さんがそう言うと、小五郎さんは満足そうな表情を浮かべ「ああ、そうだったの。では私はこれにて…」そう言って部屋から出て行った。彼女も一礼すると後を追うように部屋を出て行った。
一人、部屋に取り残された俺は肩の力が抜け、その場に座り込んだ。……ああ、本当に疲れた。
机にうつ伏せになりながら、俺は考えた。
この村に来て、そしてこの寺にきて何日たっただろうか。
時計がないから時間の感覚が曖昧になる。もう二週間近くたっているかもしれないし、まだ一日しかたっていないかもしれない。
……いや、流石にそれはないか。
ただ、ここに来る前の時でもこんなに長い間家に帰らないことはなかったから、長い時間を過ごした気はする。ここの寺にはテレビもないしネット環境もないから、情報が入ってこないのだ。外の情報を知る唯一の手段は、お坊さんや、この寺によく来る村人とお手伝いさん達だけだ。
そして情報が入れば入るほど、この村が前の時とは全く違うということが分かってしまうのだ。
最近《《何だか》》村の方が騒がしいみたいだけど…。あの日以来俺は村に出ていない。正確に言えばこの寺から出た事がない。
まぁ 別に監禁されてる訳ではない、と思う。俺が村に出歩きたいと言えば快く了承してくれる筈だ。
そんな事を延々と考えていると。
いつの間にか俺の意識は────……。
…呼吸が苦しい。身体に力が入らない。何かが俺の身体に入り込んできているような感覚に襲われる。
「…ッた、すけ……てッ」
その一言を口に出すのに相当な時間が必要だった。
そのくらい今は苦しい。(まるで水の中にいるみたいだ)
誰かが俺の頬に触れる。
そして耳元で囁くように口を開くと、同時に俺の全身に寒気が走る。
「殺して……やる」そんな一言で、俺への恐怖心が増した。そして同時に確信する。それは俺を本気で殺しにかかってきたのだと。そう思った時には、それが俺の首をグッと両手で締めた。
「かッ⁉………、ッッ……」
抗議しようにも声がうまく出せない。
抗う俺をあざ笑うかの様に、それはより一層俺を締め付けた。
「あ……、ッぁ」
息ができない苦しい苦しい。もがくのに上手く力が入らない、死ぬ。そう思えるまでに数秒とかからなかったのを考えると、かなり長く苦しめられたのだろう。
「…はッ‼………ゴホ ゴホ…」突然締められた首が離され、新鮮な空気が肺に入り咽る。
俺を殺す事をやめたそれは俺の顔に近き、目の前に現れる。
そして俺の視界に映ったのは、真っ黒な髪に真っ白な肌をした女性だった。(俺は別に女の人に恨みを買うようなマネしてないんだけど…)
その女性は無表情のままこちらをじーっと見ていると、突然ニコリと笑った。
「殺して……やる」そう言って首を絞められたというのに俺は抵抗できなかった。ただ純粋に恐怖を感じたからだ。
目の前にいる存在に、俺は恐怖を感じたのだ。それだけじゃない、全身が震え上がるような、そんな恐怖を。
「お前は……誰だ?」
まるで小説や漫画のような事を口走ってしまった。そんなことあり得るわけがないのに……
ただひとつ言えることは、この女性は危険だということだけ。本能がそう言っている気がする。
そして俺の目の前に現れた謎の女性によって、俺は暗闇から引き摺り出されてしまった。
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