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第2話 ブンジャガにて
◇◆◇
「では、今年度も頑張っていきましょう! かんぱーい!!」
就職活動中にも関わらず、VDSでの飲み会の幹事を引き受けてくれた翔平が、元気よく乾杯の音頭までとってくれた。殺人犯の息子だと詰られながらも、まっすぐキラキラした性根のまま成長していく彼の姿は、とても美しくて力強い。
それは一重にパートナーである鉄平の努力のおかげだろう。二人は卒業と同時に結婚することも決めている。翔平の母親の翼さんが、永心の次男でVDSバース研究センターのセンター長である晴翔さんと入籍したこともあって、そのタイミングで同棲も始めたようだ。
「翔平、鉄平、同棲スタートおめでとう。これ、俺と翠からね」
蒼は、二人に小さな箱に入ったキレイなボトルをプレゼントしていた。俺はそれを見て驚いた。プレゼントは蒼に任せたのだけれど、あれはここで堂々と渡すものなのか? と焦ってしまう。
蒼は時々大胆な行動をすることがあるのだけれど、まさか仕事の飲み会でそんなモノを出すとは思わず、うっかりビールを吐き出しそうになってしまった。
「わあ、キレイなボトルー! これ中身なんですか?」
翔平は無垢な目をキラキラと輝かせて蒼に訊く。すると、蒼は大きくて存在感のある目をすっと細めながら、「すっごくいいものだよ。でも、調べるなら帰ってからにしてね。翔平、倒れちゃうかもしれないからさ」と小声で呟いた。
翔平はそれでもよくわからなかったらしく、「? はい、わかりました」とポカンとした様子でそれを大切そうにしまっていた。
——それはセンチネル専用の催淫剤ですよー。バスジェルに紛れ込ませてあるから、お風呂で使えよー。
俺は心の中で小さくそう叫んだ。あのバスジェルは、クラヴィーアを完成させてからも、薬に耐性が出た人や体調が悪く錠剤の使用が出来ない時のために、自分で使用できる自衛の手段として開発されたものだ。
確か今テスト期間中で、そのうちの一つで翔平に合うタイプのものを選んで持ってきたようだ。
それにしても、俺たちからの同棲祝いがあれだけなわけがない。蒼に任せて問題があったことは無いけれど、一抹の不安がよぎったため、念のため確認しておくことにした。
「なあ蒼、お祝いはあれだけじゃ無いよな? ちゃんとしたもの用意……」
すると、蒼はパアッと表情を明るくしながら楽しそうに肩を揺らし始めた。俺の腕にしがみつきながら、得意げに自分の胸をドンと叩く。
「当たり前だろう? 仮にも社長と副社長からだよ? すごーく、すごーくいいベッドを買って設置してもらいました」
今度はそれを聞いて翔平が焦っていた。設置してもらったと言うことは、家に入ることを許可したと言うことだ。でも、自分はその話を聞いていない。
「えっ!? ベッド? 設置? 聞いて無いですよ! ねえ、てっぺ……」
大慌ての翔平がパートナーの鉄平の方を見ると、真っ赤な顔で俯いたまま黙々とエビを食べていた。隠し事ができないタイプの鉄平は、必死に口に食べ物を詰め込んで逃げようとしている。
「え、鉄平知ってたの? 俺に黙ってたんだ! お前隠し事とかできるんだね……ちょっとショックー」
悲しそうな顔で小さく座り込んでしまった翔平を見て、鉄平は慌てて翔平を抱きしめた。その姿を見て、周りは楽しそうに笑っている。
「お前たち幼馴染なんだろう? 付き合い始めてからも三年だっけ? 相変わらず仲がいいなあ」
「あ、田崎さん! お疲れ様です! あ、和人も一緒なんですね。お疲れ!」
普段は、経営者が三人とも一緒に飲みにいくことはしないようにしているらしいのだけれど、今日はいろんなカップルが婚約したと言うことで、年度初めの決起会とプライベートの報告会を兼ねており、近しい関係のメンバーはほぼ揃っての飲み会となった。
田崎と和人も、同棲を始めてもう二年になる。残念ながら二人はミュートとストレンジャーであるため、今の法律では入籍は出来ない。それでもこの先の法改正を期待して、パートナーシップ宣誓された地区で同棲している。
「入籍出来ないことが確定してるカップルを婚約報告の場に呼ぶなんて、デリカシー皆無だな、翠」
田崎がムッとしたような表情で悪態をつくのを、和人が笑顔で嗜めている。ただ、田崎のその言葉は本意ではない。ただの冗談だとわかっているから、蒼も笑っていた。
「そのこともさ、澪斗さんと咲人が頑張ってくれてるだろ?」
俺たちは永心家の家族との付き合いが深まるにつれ、永心の呼び方について改めた。ちょうどその年、咲人が警察を辞めて澪斗さんの秘書になり、野本は澪斗さんからの依頼で行方不明者の捜索のため海外へと長期出張に向かった。
野本と咲人は入籍しているので、野本に関する手続きは咲人に連絡が行く。その度に永心の誰なのかと取次の人に聞かれるのが面倒になったのだ。
「ああ、澪斗さんの長年の夢だろ? 能力に依らない同性婚の実現。あと、もう一つあったよな。大きなマニフェスト」
和人の椅子を引いて隣に座らせると、自分もすっと席につきながら田崎が尋ねた。澪斗さんが当選した際に掲げたマニフェストの中に、大きな柱が二つあった。
それが市民の支持を得て、補欠選挙では照史さんの後を継ぐ形で当選した。
「あー、あれだな。あの、エネルギー改革と節税の……小規模発電の多様化?」
俺がそう答えると、蒼がさらに付け加える。
「小水力発電設備への支持と人力のやつの推進だよな。それとマイナンバーの掛け合わせで、発電量に応じて所得税が減税されるっていう制度。あれの事前調査、うちでやってるよ。詐欺を防ぐための設備と奴隷化を防ぐための準備な」
すると翔平がキラキラした目をさらに輝かせて、話に参加してきた。
「あ、その小水力発電の方って、鉄平のお兄さんが働いてるところでやってるんですよね。VDSとミーティングよくやるって聞きましたよ。名前は真壁涼陽 さんです。知ってますか?」
「ああ、涼陽 さんね。うん、よく来るよ。按司地 電気の方でしょう? 現場対応の代表だよね。一度も聞かなかったけど、顔が鉄平に似てるからすぐわかったよ」
蒼は鉄平の方を見て「お兄さん、めちゃくちゃキレ者だよね。俺、会う前にいつも緊張するよ」と苦笑いをした。すると、鉄平は珍しくフニャッと表情を和らげ、「あざす」と答えた。
「お前、そんなふうに笑うんだな。兄さん大好きなのか? 翔平の話でそんなふうになることないのに」
相変わらず空気を読まない田崎は、余計なことを言った。翔平のキラキラオーラが、一瞬二段階ほど落ちたように鳴りを顰めた。俺が頭を抱えていると、なんと驚くことに、あの鉄平自身がそれを挽回できるだけの言葉を放った。
「兄は大好きです。翔平のことは……愛してますから。俺、照れすぎると無表情になるんです」
そう言って、翔平を抱き寄せると、徐にキスをした。
「ぎゃー何やってんだお前ー!」
「ちょっとー! キャラに合わなさすぎるよ! 怖い!」
「て、鉄平。どうした?」
その場にいた全員が、心臓が止まりそうなほどに驚いていた。鉄平は田崎と同様、口数が少ないが話し始めたと思うとデリカシーが無い発言が多く、加えて重度の照れ屋だ。
そんな男が、いくら同棲相手とはいえ、ケアを見られたことがあるとはいえ、公の場でキスをするなど誰も想像がつかなかった。
「だって、センチネルはストレスが体調に影響するでしょう? 出来るだけ翔平にストレスかけたくなくて。なるべくストレートに愛情表現するように気をつけてるんです」
しれっと何事もなかったかのように話す鉄平を見て、後ろから拍手を送ってくる人物がいた。
「えらーい、鉄平ちゃん。ちゃんと私の言ったこと実現してるんだねー」
そう言ってニコニコと笑っているのは、翔平と変わらないくらいにキラキラと輝く笑顔を振りまいていた。
「ミチ! 久しぶりだな」
その男は、この店の店長の中瀬倫明 だった。
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