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第1話 彼として、父として。

「海斗さん、クラヴィーアは飲んでないんですか? 効きが悪いなら晴翔に言って調剤し直してもらいますよ?」  浴槽にたっぷり張られたお湯に浸かってあぐらをかき、海斗さんを後ろから抱きしめた。腕にたくさん切り傷が治った痕がある。ここに来る前の最後の潜入で、悪あがきをするミュートがナイフを振り回していたのだと聞いている。  それでも、海斗さんならきっと相手を制圧することは出来たはずだ。それをしなかったのは、きっと相手が少年だったからだろう。彼は、あの日置いて行った息子のことを、とても心配している。未だに犯人が少年だった場合、その罪悪感に苛まれて反撃が遅れてしまうと言って笑っていた。 「情けなよなあ。いくら後悔したって、置いて行ったことには変わりないのにさ。俺のことなんて覚えてないだろうしな。罪悪感なんて持ってもなんの役にも立たねえってのに、いつまでもウジウジと」  僕はそう呟いた海斗さんの肩に手を乗せ、その手をするりと下へ伸ばした。腕を撫でながら、彼の肩に顎を乗せる。そして、頬を擦り合わせた。 「あなたは情けないんじゃなくて、優しいんです。仕事上、息子さんを置いて行ったのは仕方が無いんですから。それを言ったら、あの時僕が永心の家で預かることを、もう少し強く父さんに言えばよかったんです。だって、父さんが池内とパートナーだったなら、あの子を預かる理由はいくらでもあったはずですもの。そういう意味でも、あなただけが悪い訳じゃありません。彼は子供の頃は寂しい思いもしたでしょうけれど、今は最愛のパートナーと一緒に幸せに暮らしていますから。もうそろそろ、あなたも再会出来そうなんでしょう?」  僕は海斗さんの肌に手を滑らせたまま、その横顔を見上げた。彼は少しはにかんで、「ああ、この任務が終わったらな」と言った。その嬉しそうな笑顔は、息子とよく似ている。  彼もまた、愛するパートナーと話しているときにこの顔をする。僕はその顔を見守ってこれた事を、いつも嬉しく思っていた。  ずっとひと所にいられない仕事をしている海斗さんを支えるため、僕は父の仕事をサポートしながら、海斗さんの息子を見守り続けてきた。彼自身はとても直向きに生きて来て、たくさんの人を救い、支えている。  孤独に生きて来たとは思えないほどの愛情深さを持っていて、絶えず人が寄ってくるような、魅力的な人へと成長している。その姿を、早く海斗さんにも見せてあげたい。 「海斗さん、こっち向いて」  海斗さんは僕のその言葉を待っていたのか、もう期待で熱が溜まっているようだった。上気した頬がとても可愛らしくて、成人男性の子供がいるとはとても思えない。 「んっ……」  少しだけ濡れた音を響かせながらも、派手にそれをするのを躊躇っている。本当に久しぶりに会って、触れ合うのなんて何年ぶりなのかわからない。  暴走しそうなほどに胸は高鳴っているけれど、相手はクラヴィーアの効きにくい体質のセンチネルなのだから、そっとそーっと触れるための自制心を保たなくてはならない。  そうすることで、海斗さんへ僕の気持ちを伝えたい。あなたは僕にとってとても大切なものなのです、と言いたい。 「あっ、あ、みお……」  キスに夢中になり始めた海斗さんは、僕の首に腕を回した。彼は、ケアでも恋人としてのセックスでも、夢中になると僕のことを「みお」と呼ぶ。そんなことすら恥じらっていたことに、そう呼ばれて初めて気がついた。 「恥ずかしがらないで。たくさん気持ち良くなってください」  啄むようなキスを繰り返し、時折少しだけ舌を差し込んだ。その時、ピクリと反応する中心に、左手でそっと触れる。凹んだところを二本の指で軽くつまむと、海斗さんの体がビクンと跳ねた。 「あっ! あ、あ、ん……」 「気持ち良くなると続くんですか? ちょっと触っただけなのに、こっちすごい……」  右手を背中から下に向かってするっと滑らせていくと、前がビクビクと震えた。そして、後孔にたどり着いてその周りをくるりと撫でると、まるで息をするようにヒクヒクと動いているのがわかる。  目で見なくてもわかるそれが、僕の心臓を潰してしまうんじゃ無いかと思うほどに興奮させていった。 「だって……本当に何年ぶりだよ、こんなの。ずっと澪斗に触れて欲しくて、抑制剤飲んで我慢して来たんだ。誰にも抱かせなかった。二年? 三年目か? 潜入中でアウトしそうになっても耐えたよ。だから昔の抑制剤にもクラヴィーアに耐性がついて……あああっ!」  必死になって抑えていたのに、そんな事を言われたらさすがに僕も我慢できなくなった。ゆっくりと海斗さんの中へと入り、彼の体も、心の乾いた部分も、僕で満たして、潤わせてあげたくなった。 「はあっ、んんんっ! あ、それ、ゆっくりいい……抉って、もっと……」  彼を自分の方へと押し付けながら、腰をグラインドさせて中を抉る。ちょうどそこに海斗さんが蕩けるスイッチがある。顎をあげて短く息を吐きながら、艶のある声を上げて鳴く姿を見ていると、僕もどんどん夢中になっていった。 「あ、んっ、みおっ、みお……」  傷だらけで帰ってきた恋人に、まずは極上のケアをしてあげたい。一度上り詰めてもらって、そのあとは向かい合って、それから……。 「海斗さん、どうしよう。僕も……止まれなくなりました……」  海斗さんは、少しだけ舌を垂らして喘いでいた。真っ赤な顔をして、快くてたまらないといった顔をしている。眉を寄せ、涙で潤んだ目で僕を見ていた。 「み、お。みお、みお……あ、ア、ぁ……んんんーっ!」 「うっ……あ、海斗さんっ!」  叫びながらのけぞる海斗さんが、僕の首に後ろ手にしがみついた。そのままビクビクと痙攣している姿を見ていると、さらにぎゅうっと締まるのを感じた。  熱にのぼせた僕には、それを止めることが出来ない。夢中になって何度ももっと近くへ行こうとした。 「みお……」  そのまま中で果ててしまって、ガックリと力が抜けていく。僕だってケアは何年もしてない。この感覚自体を忘れていた。 「あ……海斗さん……」  温度の上がった息が苦しいほどに胸で詰まっていた。それを吐き出す時間も惜しいと思うほど、唇を合わせたくて仕方がない。 「あっ、ああ……すごい、嬉しい……」  もう僕は動いていないのに、僕の存在を中で感じながら、何度も甘イキを繰り返している海斗さんが、愛おしくて愛おしくて仕方がない。  会えなくて、寂しくて、いろんなことがあって。埋まらなかった喪失感を、海斗さんの温もりが埋めてくれた。でも、それはビジネスパートナーとのケアでは得られない、恋人としての特権だ。一昔前なら、ガイド失格だと言われただろう。 「ガイドがセンチネルにケアしてもらえる時代って、ありがたいな」  僕が呟くと、海斗さんは楽しそうに笑った。そして、僕の髪を両手でぐしゃぐしゃにかき混ぜる。 「俺の息子の会社は、いい仕事してるんだな」  そう言って感慨深げに目を伏せると、僕の手を取ってキスをしてくれた。立ち上がって繋がりを解くと、正面から座り直して抱きしめてくれた。 「翠を守ってくれて、ありがとうな」  僕をきつく抱きしめながら、息子を思う父としての顔を見せた。僕も海斗さんを包み込むように抱きしめる。 「守ったのは蒼くんですよ。僕はただ、遠くから見ていただけです。どうか、二人に会ってあげてくださいね」 「そうだな。彼がいなかったら翠は死んでたかもしれないからな……必ず挨拶をするよ」  そう言って微笑む海斗さんを抱きしめて、僕はもう一度彼の全てを吸い尽くすようにキスをした。

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