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第4話

 しばらくするとガチャっと扉を開く音が聞こえ、彰人が部屋に戻ってきた。手にはお盆を持っており、上に乗せてある器からは湯気が出ている。 「卵がゆだ。味は保証しないがとりあえずこれを食え」 「味の保証はしないのかよ…変なもの入ってないだろうな…?」 「お前は俺をなんだと思っているんだ」  彰人は不満そうな顔をすると悠哉に器を手渡した。恐る恐る悠哉は差し出された器を手に取る。なんだかんだ言いつつも腹は減っているので大人しく彰人が作ったであろう卵がゆを口に入れた。 「うまい…」  温かくふんわりとした口あたりの卵がゆが空腹の身体に染み渡り、思わず美味いという言葉が悠哉の口から漏れた。とても優しい味で体調が悪い時でもこれならするすると食べられる。 「本当か?それは良かった」 「…本当にお前が作ったのか…?」 「当たり前だろ、ほかに誰がいるっていうんだ」 「自分の食べる飯は自分で作ってるからな、料理はそこそこできるんだ」と少し自慢げに彰人は答える。 「…ふぅん」と悠哉は興味無さげに相槌をうち目の前にある卵がゆを食べ進めているが、想像以上の美味さで正直驚いている。そして数分もしないうちに器に入ってる分を平らげてしまった。 「…ごちそうさま」 「まさか完食してくれるとは思わなかった」 「腹減ってたんだよ」 「やっぱりろくなものを食べてなかったんだな、来て正解だった。ほら、薬も買ってあるから飲め」  彰人は置いてあった袋から薬を取り出すと、水とともに悠哉に差し出した。差し出された薬と水を受け取り、悠哉は大人しく彰人の言うことに従う。 「なんだ、随分とききわけがいいな」  怪訝そうに彰人は悠哉を見た。聞き分けがいいなんてまるで子供扱いされているようで、悠哉は少しムッとしてしまう。 「聞き分けがよかったら悪いのかよ」 「いや、全然。お前は俺に対していつも素直じゃなかったから珍しいと思っただけだ。熱のせいもあるのかもしれないが」 「素直じゃないのはお前の方だろ?出会った時なんて反抗期真っ盛りのクソガキだったくせに」 「その話はするな。あの頃は荒れてたんだからしょうがないだろ」  本気で嫌そうな顔をしている彰人を見るに、出会った頃の彰人は本人にとっても黒歴史と呼んでいいほどのものだったと認識していいのかもしれない。  「それじゃあ、俺は帰る」と言い彰人が立ち上がる。悠哉は思わず「えっ」と声を出してしまった。 「なんだ、もしかして寂しいのか?」 「な…っ、そんなわけないだろっ!帰るならとっとと帰れ」  悠哉は素っ気なくそう言い、くるりと彰人に背を向け布団に寝転がった。彰人が帰ることに対してもう帰ってしまうのかと思ってしまったことに、悠哉は自分でも驚いて動揺してしまっていた。  そんな悠哉の姿に彰人はふっと微笑んだ。 「わかったよ、それじゃあな」  彰人がドアノブに手をかけようとした時「なぁ、なんで俺なんだ」と悠哉は問いかけた。こんなこと聞くはず無かったのに、つい言葉として漏れてしまったのだ。  しばらくの沈黙が続く。彰人の顔が見えないため今彰人がどんな表情をしているのか悠哉には分からなかった。聞くんじゃなかったと今になって後悔する。 「俺にとってお前は光なんだ」 「…は?」  彰人の突拍子もない答えに、悠哉は思わず起き上がり彰人の方を向いた。変なことでも言ったか?とでも言いたいような顔をしている彰人に「お前は何言ってるんだ?」と尚更困惑してしまう。 「お前も知っているように出会った頃の俺はかなり荒れていた、自分でも恥ずかしい程にな。俺の外見だけを見る人間しかいなくて嫌気がさしていたんだ。そんな時にお前に出会った。俺を怖がることなくむしろ噛み付いてきたお前の事を最初はおかしな奴だと思ったが、お前と接してるうちに俺の中身をしっかり見てくれていると気づいたんだ。お前みたいな人間には初めて出会った、お前のおかげで俺は変われたんだ。だから悠哉、お前は俺の光なんだ」  愛おしそうに目を細め、彰人は悠哉が自分にとって光だという事実を否定することは無かった。そんな彰人の言葉に「違う、俺は光なんかじゃない」と悠哉はすかさず否定する。 「あの時俺はお前の事を怖がった、だから俺もお前の周りの人間と同じで結局は外見を見てお前のことを拒絶したんだ」  そうだ、彰人のことを怖くないと言いながら俺はあいつと彰人の姿を重ね怖がった。こいつが最も嫌がることをしたんだ、と悠哉は自分の過ちを思い出し唇をかみ締めた。 「だから俺は光なんかじゃ…」 「光だよ」  彰人は悠哉の目を見つめ、ハッキリとそう言いきった。また悠哉の心臓がドキリと脈打つ。悠哉は咄嗟にサッと顔を背けた。 「違う…っ、俺はそんな大層なもんじゃないよ。そういうのは陽翔みたいなやつの事を言うもんで…、太陽みたいに眩しいぐらいキラキラしてる陽翔の方が光に相応しい…」 「今は陽翔の話はしていない、お前の話をしてるんだ」  ピシャリと空気が凍るような感覚。陽翔の名前を出した途端、彰人の顔が険しくなった。 「確かにお前にとっての光は陽翔なのかもしれないが、今あいつは関係ないだろ」  青い瞳が鋭く光る。陽翔の名前を出した途端急に彰人の機嫌が悪くなった理由が悠哉には分からず「んでそんなイラついてるんだよ」と彰人に聞いた。 「お前は本当に鈍感だよな。好きなやつが好意を寄せている相手の名前を出したら誰だって嫌がるだろ」  悠哉は鈍感と言われ「は?」と彰人を睨む。 「そんなくだらねぇ理由で勝手にイラつくなよな。それに俺は鈍感なんかじゃない」  悠哉がイラつきを見せながらそう言うと「はっ」と彰人は鼻で笑った。 「お前は陽翔が慶の名前を出してもイラつかないのか?」  図星をつかれ悠哉は思わず黙ってしまう。確かに彰人の言う通り、陽翔の口から難波の名前を聞くと醜い嫉妬心でイラついてしまうことを否定出来ない。 「お前も馬鹿だよな。未だに陽翔のことを諦めてないんだろ?」  彰人のその言葉に、自分の中でプチンと何かが切れた音がした。悠哉はふつふつと込み上げてくる苛立った感情を抑えることが出来ず、拳を力強く握りしめキッと眉を上げた。 「なんだと…?お前に俺の何がわかるんだよ…俺だって諦められるものなら諦めてぇよ…!だけど俺は…それでも陽翔のことが好きなんだ…っ!」  彰人に向け力強く言葉を放った悠哉だったが、ハッと我に返る。自分は彰人相手に何をムキになっているんだと悠哉は後悔した。しんと静まったこの空間に耐えられなくなり、彰人に向けて思い切り枕をぶつけ「もう帰ってくれ、今はお前の顔なんて見たくない」と悠哉は布団に包まる。そんな悠哉の態度に呆れたのかは分からないが「熱、下がるといいな」とだけ言い残し彰人は部屋を出ていった。  彰人がいなくなったことを確認すると「くそっ…」と悠哉は力強く拳を握りしめた。まだ頭にキてる、陽翔への想いを不毛だと言われお前にだけは言われたくないと思った。――お前の俺への気持ちだって同様に不毛ではないか、俺が彰人を好きになることなんてないんだから。  彰人と顔を合わせるといつもこうだった。昔からお互い言葉が強いため言い合いになることが多々あったのだが、数年経った今でもそれは変わらないようだ。優しくしてきたと思ったら急に機嫌が悪くなり嫌味を言ってくる、本当に扱いずらいやつ。しかし出会った当初の尖りきった彰人に比べれば今はまだマシなのかと思うと、本当にあの頃は酷かったんだな、と悠哉は静かに噛み締めた。

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