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第6話

 翌日、悠哉の気持ちとは打って変わって清々しいぐらいの晴天だった。あれから熱も下がり、体調も回復したためいつも通り悠哉は学校へと向かっていた。その際に「もう体調大丈夫?」と陽翔にしつこいぐらい聞かれたが、やはり昨日のことがあったせいなのかなんとなく二人の間には気まずい雰囲気が流れていた。陽翔も昨日言われたことを気にしているのか、こちらに気を遣っているように悠哉には見えた。  教室へ向かう途中、彰人に鉢合わせるんじゃないかと悠哉は気が気でなかった。つい最近まで気にもとめずに平気な顔をして学校生活を送っていた日々が嘘のように胸がざわついて落ち着かない。しかし、悠哉の不安は的中することもなくいつもと変わらず平和な日常が過ぎていく。  いつの間にか放課後になり、悠哉はなんだか拍子抜けした気分だった。今日一日彰人、そして難波にすら会わなかったのだ。彰人なら教室に押しかけるぐらいの図々しさを持ち合わせているものだと思っていた悠哉はずっと気を張っていたのだが、それすら馬鹿らしくなってきた。  悠哉はカバンを手に取り、陽翔の机まで歩みを進め「帰るぞ」と声をかけた。悠哉の声に反応した陽翔は顔を上げると、困ったような笑みを浮かべている。悠哉は「なに?」と不信げに陽翔に問いかけた。 「実は僕、サッカー部のマネージャーすることになったんだ」 「…はぁ?!」  自分でもこんな大声久しぶりに出したなと思うほど、悠哉の口からは驚きすぎて大きな声が漏れた。「うおぉっ、声が大きいよ…」と陽翔も悠哉の声に驚いている。 「どういうことだよ?!」 「サッカー部にマネージャーが足りないから手伝ってくれないか?って昨日慶先輩に頼まれてさ、僕部活にも入ってないし放課後暇だから丁度いいと思って」  悠哉は「はぁ~~…」と思い切りため息をつく。頼まれたことを断れない陽翔の性格が心底嫌になってしまう。 「なんで今更言うんだよ、朝でも昼でも言うタイミングあっただろ?」 「あはは、いつ言おうか悩んでたら放課後になっちゃった…」 「お前…」 「ということで今度から僕一緒に帰れなくなる、ごめん」  陽翔は申し訳なさそうに謝った。別に謝ることでもないのに律儀に謝るところが陽翔らしい。しかし謝られたところで今の状況が変わることは無いので逆にこっちは困ってしまい、悠哉は何も言えなくなってしまった。そのまま陽翔は「また明日ね」と言い教室を出ていった。  一人取り残さた悠哉は呆然と立ち尽くす。一人で帰るのは一体いつぶりだろうか。なんだかんだ言って小学校から登下校は陽翔と共にしてきたため、悠哉にとっては一人で帰っている記憶が遠すぎて朧気だった。  ずっと陽翔がそばに居てくれたから悠哉は一人にはならなかった。しかしこれからはどうだろうか。今みたく陽翔との時間が減ってしまったらまた自分は一人になってしまうのではないか、そんなのは嫌だ。陽翔を解放してやらないと、と思っているのに陽翔に離れて欲しくない、ずっとそばにいて欲しいという気持ちが悠哉の中に強く存在している。これでは完全に矛盾してしまっていた。  悠哉が一人立ちすくんでいると「おい」と誰かに声をかけられる。その声に悠哉の身体はいち早く反応し、素早く声のする方へ振り返ると案の定そこには彰人が立っていた。彰人は「一人でなに突っ立ってるんだ。」と教室へずかずかと入ってくる。 「何の用」 「陽翔は今日から部活だろ?だから一緒に帰ろうと思って」  悠哉は思わず「は?」と目を見開く。なんで彰人がその事を知っているんだ、と困惑した。 「陽翔から聞いたのか?」 「いや、慶から聞いたんだ」 「…お前と難波って知り合いだったの」  悠哉の言葉に、今度は彰人が目を見開き驚いている様子だった。 「陽翔から聞いてなかったのか?俺と慶はそれなりに付き合いも長いしなんならお前がこの学校にいるのだって慶経由で知ったんだぞ」  知らなかった、彰人と難波が友人同士という話を悠哉は陽翔の口から一度だって聞いたことはなかった。そういえば昨日『お前は陽翔が慶の名前を出してもイラつかないのか?』と彰人が言っていたのを思い出す。あの時は気持ちが昂っていて気が付かなかったが、陽翔が難波と付き合っていることも知っているような口ぶりだったし、あの時点で彰人と難波が知り合いだったことに気づけたのかもしれない、と悠哉は考えた。 「陽翔も悠哉にあまり俺の話をしたくないんだろうな。まぁそれはいいとして、早く帰るぞ」 「帰るって…お前と?」  悠哉の問いかけにさも当然のことを話しているかのように「そうだ」と彰人は肯定する。 「なんでお前と帰らないといけないんだよ」 「なんだ?まだ昨日のこと怒っているのか?」 「別に怒ってねぇけど、ただお前とこれ以上関わる意味がないと思ってるだけだ」  彰人の横を早足で通り過ぎ悠哉は教室を出た。これ以上彰人と関わってもまた言い合いになるだけだろう。  悠哉が廊下を歩いていると、一人分の足音が後ろから聞こえてくるのがわかった。歩く速度をあげると足音も同様に速くなっていく。痺れを切らした悠哉は「なんで着いてくんだよ!」と後ろを振り向き彰人に対して怒鳴った。 「一緒に帰ると言っただろ?」 「俺は一緒になんて帰らないって言ったんだけど」 「俺は帰りたい」  彰人は全く引く気がないようだった。ダメだこいつ、全く話が通じない、もう何を言っても無駄だと判断した悠哉は彰人を無視して歩き出した。 「家まで来るとかほんと有り得ない」 「お前の家が俺の家の通り道にあるんだ。だから仕方ないだろ」  結局彰人は家まで着いてきた。彰人はこう言っているが本当に彰人の家がこの先にあるのかも悠哉からしたら不明だった。 「まさか家に上がり込もうとか考えてないよな…?」 「まさか、流石にそこまではしないさ。昨日お前に散々怒られたしな」 「ならもういいだろ、お前も早く家に帰れよ」  家の鍵を開け、悠哉は扉に手をかけると背後から彰人の気配を感じた。すると彰人の右手が扉を開けようとした悠哉の右手に重ねられる。 「俺のことが嫌いか?」 「…っ、」  彰人は悠哉の耳元で呟いた。吐息が耳にかかってしまうほど彰人の顔が近くにあり、悠哉は突然の出来事に固まってしまう。身体は石のように動かないのに何故か心臓だけはバクバクと激しく鼓動していた。 「俺の事を嫌いだと言うなら殴ってくれ。そうしてくれたらお前への想いも諦められるかもしれない」  彰人は重ねている右手に力を込め、悠哉の右手をぎゅっと握った。一回りは大きい彰人の手に重ねられた悠哉の右手は体温を上げ、冷たい彰人の手にまで体温をわけてしまえそうなほど熱くなっていた。  どのくらいの沈黙が続いたのか分からないが、突然パッと彰人が離れた。 「虐めすぎたな。でもこんな反応じゃ勘違いされてもしょうがないぞ」  半ば呆れているような彰人を見て悠哉はハッと我に返った。慌てて「なにすんだよっ!」と彰人に向かって声を上げる。 「お前はいつもそうなのか?口説かれたら何も言えずに赤くなるなんて隙だらけでこっちが不安になる」 「急なことで驚いただけだ…っ、それに俺を口説く物好きなんてお前ぐらいしかいないし…」 「ふっ、そうか。まぁお前の反応も新鮮で面白かったぞ。いいものを見れた」  顎をさすりながら彰人はニヤついた笑みを見せた。悠哉は最悪だと思った。彰人といると変に動揺してしまったり言葉が上手く発せなくなるのは何故だろうか、悠哉には分からない。まだ心臓の音がバクバクと悠哉の頭の中に響いている。しかし悠哉自身、このような感情を抱いたことは彰人が初めてではなかった。  やはり彰人を見ているとあの人の影がチラついてしまう。悠哉は自分の父親にも同様に今のような感情を抱くことがあった。悠哉の父親も彰人と同じように青い瞳、そして金に近い髪色をしていた。顔が彰人とそっくりという訳ではないのだが髪型や体型などのパッと目にした雰囲気が似ており、悠哉の中で未だに二人を重ねてしまっている。だから嫌なのだ、彰人のそばに居ることが。彰人といる事で嫌でもあの人の姿が目に浮かぶ。そして何より、三年前のトラウマを思い出してしまうことが悠哉にとって一番の恐怖だった。陽翔のおかげで薄れつつあったあの人への恐怖心も彰人と関わっていくことでまた思い出してしまうのではないだろうか、だからこの三年間彰人の事だって忘れようとしていたのに…この男は俺のことを放ってはくれない。また彰人を傷つけてしまうことへの恐怖、そして自分が傷つくことを恐れていた悠哉は本音としてこれ以上彰人とは関わりたくなかった。彰人のことは嫌いでは無いけれど、過去のトラウマのせいで忘れてしまいたかった。結局自分は逃げようとしている、いつまで経っても弱い自分のままだった。

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