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第7話

 陽翔がサッカー部のマネージャーになってからというもの、悠哉は陽翔とともに行動する時間が極端に減った。朝、放課後ともに部活があるため登下校も別々となり、唯一昼食だけは一緒に食べているといった感じだった。  今日も今日とて陽翔には部活があるため一緒に帰ることは出来ない。憂鬱な気持ちに加えこの暑さ、一か月前と比べ本格的な暑さに入り夕方だというのに日差しがじりじりと肌に突き刺さってくる。悠哉は肌に汗をつたわせながら、熱いアスファルトの上を今日も代わり映えしない景色の中足を進めていた。 「もうすぐで夏休みだな」 「…そうだな」  そして今、悠哉の隣には彰人がいる。あれから放課後になると彰人は悠哉のクラスに来て一緒に帰ろうと誘ってくるのだ。断っても全く引かないためこちらが折れるしかなかった。結局悠哉は彰人のことを拒めないでいた、それは三年前の後悔からきている罪悪感からなのか、はたまた陽翔がいない今一人になることを恐れている自分自身の弱さからなのか、悠哉には分からなかった。けれども今のところ彰人に対しての恐怖心はなかった。しかし彰人といると悠哉の気持ちはなんだか落ち着かなかった。  今日もそわそわとした気持ちで彰人の少し前を平然を装って悠哉は歩いている。そんな時、信号待ちで赤いライトをボーッと眺めていると、珍しく彰人が話しかけてきた。 「夏休みの予定はあるのか?」 「別にないけど」 「そうか、だったら一緒に慶の別荘へ行かないか?」 「別荘…?」  聞きなれない単語が彰人の口から発せられ、思わず悠哉は聞き返す。 「あいつの親は一流企業の社長だから金持ちなんだ。別荘の一つや二つ持っていてもおかしくないだろ」  難波の金持ちぶりを知っていた彰人は、難波が別荘を持っていることに対して何も不思議ではないとでも言うように平然とした態度でいる。しかし悠哉は彰人のようにはいかなかった。今の今まで別荘を所持している人間に出会ったことなどないのだから、悠哉の反応は当たり前だろう。驚くなと言う方が無理な話だ。  それにしても別荘を持っているなんて、一体難波慶という男は何者なのだろうか。容姿、運動神経、学力、それに加え経済力まで持っている、本当に完璧ではないか。どれか一つだって難波に勝てる要素がなくて悠哉は思わず顔をしかめてしまう。 「そんなに慶のことが嫌いか?」 「ああ、嫌いだ」 「あいつは良い奴だぞ、きっと慶なら死んでも陽翔を幸せにしてくれる」  知ってる。難波が悪い奴ではない事など難波を見ていれば一目瞭然だった。実際に自分が難波と関わりがなくとも、難波の後輩達からの噂を聞いていればあの男が如何に好かれているのかが悠哉には見てわかった。だから気に食わないのだろう。自分には持っていないものを全て持っている、完璧するぎる難波慶という男を悠哉は好きになれないでいた。 「で、どうなんだ?これを逃したら別荘なんて行く機会ほとんどないだろ」 「なんで俺を誘うんだ?俺は難波とは親しくもないし誘うなら陽翔を誘うだろ」 「もちろん陽翔も誘っているさ。陽翔を誘ったうえでお前も誘っているんだ」  悠哉はますます意味がわからなかった。陽翔を誘っているなら、彰人も自分も邪魔者だろう。二人で仲良く別荘で過ごせば良いものの、何故自分たちまで誘ってくるんだ、という疑問を払えない。  信号が青になったことを確認し、彰人が歩き出す。慌てて悠哉はその後に続いて歩みを進めた。 「難波は何を考えているんだ?俺が来たって邪魔なだけだろ」 「それは陽翔に聞いてくれ、慶が言うには悠哉が行くなら自分も行くと言っていたそうだ。まぁ、三人だと気まずいだろうから俺も誘われたんだろ」 「は?陽翔が?」  まさか陽翔からの提案だったとは、悠哉の頭は尚のこと混乱した。陽翔は難波のことが好きではないのだろうか、確かに陽翔の口から好きだという言葉を悠哉は聞いたことがなかったが、最近の二人の仲は以前よりも親密に見える。まだ二人きりで別荘に泊まるのは気まずいのか、だから自分を誘ったのか、悠哉は陽翔のことがまるで分からなかった。 「陽翔が考えていることは俺も分からないが、これはいい機会だと思うぞ?二人の姿を間近に見れば陽翔への想いも諦めがつくんじゃないのか?」  黙り込んでしまった悠哉を見て彰人は優しく微笑んだ。確かに彰人の言うことも一理あるのかもしれない、と悠哉の心は揺らいだ。いっその事幸せな陽翔の姿を見てしまえば自分の気持ちにも諦めがつくのではないか。 「確かにお前の言う通りかもな、諦められるもんなら諦めたいけど、でも俺難波とまともに話した事ないしすげぇ気まずいと思うんだけど」 「そんなことはない、あいつのコミュニケーション能力は底を知らないから心配ないだろう。お前もすぐ慶と打ち解けられる」  彰人はそう言うが、難波だって自分の事をあまり好意的に見ていないだろうし本当に大丈夫なのかと悠哉の心に不安がよぎる。  そんな悠哉の気持ちを察した彰人は「大丈夫だ、俺もいる」と悠哉の肩に手を置き優しい微笑みを向けた。 「…っ、またお前はそうやってすぐ人を口説く…」 「今のは口説いたつもりは無いんだが、むしろ励ましたつもりだった」  彰人はきょとんとした表情で悠哉を見た。全く紛らわしいやつだな、と悠哉は心の中で舌打ちをする。 「…あとこれだけは言っとくけど、陽翔のこと諦めたとしてもお前を好きになるわけじゃないから勘違いするなよ」  彰人が自分を好意的に別荘に誘ったのも陽翔への気持ちを諦めさせて自分へ気持ちを向かせようとするためなのだろう。たとえ陽翔のことを諦められても彰人を好きになることは無い、けれどこの男なら勘違いせざるを得ないと思い悠哉は釘を指しておいた。 「わかっているさ」と答える彰人の顔がなんだか嬉しそうで、本当にわかっているのか悠哉は些か不安に思ってしまう。 「だけど陽翔のことを諦めたら俺を好きになる確率も上がるだろ?」  やはり分かっていなかったようだ。こちらに向けてニヤッと微笑む彰人の姿がなんだか腹立たしかった。 「俺の陽翔への気持ちをバカ呼ばわりしてたけど、お前も人のこと言えないぐらい馬鹿だよな。ほんと諦めが悪い」 「ひどいな、一途だと言ってくれ」 「他の人を好きにはならなかったのか?恋人だっていたんだろ?」  悠哉にとって純粋な疑問だった。彰人の容姿だったら恋人を作ろうと思えばいくらでも作れるだろうし、実際に恋人だっていたと言っていたはずだ。自分のことを愛してくれない人間より、愛してくれる人間の方が恋人として最適なはずだろう。 「ならなかったな。他に恋人を作ったとしても逆にお前への想いが強くなる一方だった。まぁ恋人といっても中途半端な付き合いしかしてこなかったしな」 「最低だな」 「おい、本気で引くなよ。それほどお前への想いが強かったってことだ」  悠哉が冷たい視線を送ると、彰人は本気で引かれたと思ったようで慌てて弁解した。  悠哉は今の話を聞いて、彰人と付き合った人間を気の毒に思ってしまう。付き合った人間の中には本気で彰人のことを好きだった人もいただろうに、当の本人は違う男のことしか考えていない、なんて悲しいのだろうか。自分の存在が会ったこともない他人を不幸にしてしまった事実に悠哉の胃はずっしりと重くなる。  そんな価値自分には無い。他人にここまで愛されるような人間では決してないのに、なんで彰人は自分のことを未だに想い続けてくれるのだろうか。 「お前が気にすることじゃないぞ。俺が酷い男だから恋人になった人間を愛してやることが出来なかったんだ」  ついネガティブな発想をしたせいで浮かない気持ちが顔にまで出てしまっていたらしく、悠哉の異変に気づいた彰人はすかさずフォローするようなことを言った。それでも悠哉の気持ちは晴れることなく、嫌な暑さが身体にまとわりついて足取りがいっそう重くなった。  

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