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第8話

夏休みに入ってから数日が経った。悠哉は時間を確認して家を出ると、陽翔の姿が目に入った。悠哉に気がついた陽翔は「悠哉!」と手を振り近づいてくる。  今日は難波の別荘へ行く日だ。結局別荘へ行くことになった悠哉と陽翔は事前に悠哉の家の前で待ち合わせをし、彰人と難波が迎えに来てくれるのを待っていた。 「ついに今日だね!僕別荘とか初めてだから楽しみだなぁ」  陽翔はニコニコとした愛嬌のある笑顔でそう言うと「あ!そうだ!」とカバンの中をガサゴソと探り始めた。 「はい、飴。悠哉甘いもの好きでしょ?」 「お前…飴持ち歩いてるとかおばあちゃんかよ…」 「ひどくない!?若者だって飴ぐらい持ち歩いてるよ」  悠哉は陽翔の手からイチゴ味の飴を受け取ると、袋から取りだし口に放り込んだ。カラコロと口の中で転がしているとイチゴの甘い風味が悠哉の口全体に広がった。 「なんか荷物多くないか?」  口の中に飴を含みながら悠哉が問いかけると、陽翔は「そうかな?」と自分の姿を改めて確認している。今の陽翔の姿はというと、大きな旅行カバンを肩にぶら下げ、背中にはパンパンになっているリュックを背負っている。たかが一泊二日でここまでの荷物になるのも悠哉には驚きだった。悠哉なんて必要最低限の物しか持っていかないと決めているため、荷物はリュックサック一つに収まっている。  家を出てから数分、口の中の飴がなくなってしまった悠哉はもう一つ陽翔にせびろうとしたタイミンで見覚えのない一台の黒い車が目の前に止まった。やけに高そうな車だなと思い悠哉が眺めていると、運転席の扉が開き中から難波が出てきた。 「よぉ、遅くなって悪かったな」 「えっ!?これ慶さんの車なんですか?!」  陽翔は信じられないという顔で難波と車を交互に見ている。陽翔が驚くのも無理ないだろう。まさか車に乗って迎えに来てくれるなんて思ってもみなかったのだから。しかも高校生がこんな高そうな車に乗っていることが悠哉にとっては規格外だった。  当の本人は「そうだけど?今年買った新車だぞ」と不思議なことなど何も無いようにさらっと答えた。 「お前たちが驚くのも無理はない。こいつの家は金持ちすぎて色々バグっているんだ」  ガチャりと助手席の方から音が聞こえ、中から白いTシャツにジーンズといったいわゆるラフな格好をした彰人が出てきた。そういえば彰人の私服を見るのは初めてだなと思った悠哉は、つい彰人の姿を凝視してしまう。 「バグってるってなんだよ、高校生で自分の車持ってるやつなんて今時たくさんいるぞ」 「やっぱりお前は庶民との感覚が違うな、今時の高校生でも高級車に乗ってる奴はなかなかいない」  悠哉の前では大人びた表情しかしない彰人が、難波相手だと年相応の表情をしておりなんだか新鮮だった。私服のせいもあって、見慣れない彰人の姿に悠哉は目を奪われてしまう。  無意識に彰人の姿を見ていると、こちらの視線に気がついた彰人とバチッと目が合う。慌てて逸らしたら「どうした?」と彰人はこちらに歩みを寄せてきた。 「いや、なんか…ほんとに難波と知り合いだったんだなって」 「なんだそんなことか。そういえばお前の私服は初めて見るな、似合ってる」  彰人に上から下までじっくりと見られ、悠哉はなんだか落ち着かない気分だった。私服といっても無地のTシャツにチノパンというオシャレでもなんでもない格好を褒められてもどうしたらいいか分からない。 「お前の方こそ私服だとまるで高校生には見えないな」  悠哉の発言に「ははっ、それはそうだな。」と笑顔を見せる彰人。今みたいに最近の彰人を見ていると以前よりも笑顔が増えた気がするな、と悠哉が考えていると「ほら、早く乗れ」と難波に急かされる。  後部座席に悠哉と陽翔、助手席に彰人が乗り込んだ。この四人で集まるのは初めてだったため微妙な空気になるのではないかと悠哉は予想していたが、車内ではそこそこ会話が弾んでいた。最近あった出来事や今話題の芸能人など、主に難波が話題を切り出しこちらにも話を降ってくるような感じだ。そういった話題に明るくない悠哉にも気を使って話しを振ってくれる気遣いの仕方などを見るに、難波のコミュニケーション能力の高さが分かった。  今まで難波と深く関わってこなかった悠哉だが、誰に対しても分け隔てない対応が出来るこの男が誰からも好かれている理由がなんとなくわかった気がした。彰人も言っていたように、難波慶という男は限りなく良い奴なのだろう。

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