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第15話
悠哉は二人を家にあげリビングまで案内すると、男と向かいあわせの形で座った。自分の隣に座った彰人の顔を見ると、大丈夫だと言っているような優しい表情をしていた。
「そういえば自己紹介がまだだったな。俺は木原京介、歳は二十三で今は一般企業で働いている」
木原京介と名乗った男は先程の書類をこちらに向けて話を進めた。
「一ヶ月前に母親を病気で亡くしてね、それで父親について調べる機会が出来たから色々身元を調べてみたんだ。そしてら君の存在を知った、これを見たら俺と君が兄弟だということはわかって貰えただろう?俺たちは正真正銘血が繋がった兄弟なんだ」
確かに木原の言うように、書類を見る限りでは嘘偽りはなかった。しかし、それが真実ならあの人が母さん以外の女性との間に子供を作っていたことも真実となってしまう。あの人が母さん以外の女を愛するなど理解できない、と悠哉にはまだ木原の言っていることが信じられなかった。
「本当に俺とあんたが兄弟ならあの人は以前に他の女性と結婚していたのか?俺が知ってるあの人は母さんのことを心から愛していたんだ、他の女性と関係を持っていたなんて考えられない」
悠哉の言葉を聞き、木原の顔つきが変わった。木原は生気の無い表情で「違うんだ」と首を横に振る。
「あの男と母さんは結婚していない、子供が出来たのに責任も取らずにあの男は逃げたんだ。なのに…あの男は母さんを捨てたのにも関わらず他の女性を愛し結婚して子供まで作った、正直怒りを覚えたよ」
先程まで穏やかで優しそうな印象だった木原の表情が一変して険しくなっていく。その様子から本気で父親のことを嫌悪しているのだと感じ取れた。
「母さんは二十の時に俺を産んだ。それから二十三年間女手一つで俺を育ててくれたんだ。母さんの苦労はよく知ってる、無理やり孕ませたくせに責任も取らずに逃げたあいつとは違って母さんは俺を一人で育ててくれたんだ。それなのにあいつは自分だけ家庭を築いて幸せになっている、あんな最低な男が幸せを手に入れていることが俺には納得できなかった」
拳を強く握りしめ、必死に怒りを耐えている木原を見て、この人にとって母親がどれだけ大切な存在だったのか、悠哉にはよく分かった。しかし、今の話を聞いて自分の中に怒りと似た感情が存在していることに気がつく。
悠哉は木原に向かって「お前にあの人の何がわかるんだ」と口にしていた。
「あんたはあの人に会ったことないんだろ?それなのになんで最低な男だと決めつけられるんだ?」
「悠哉お前は何を言ってるんだ?あいつは母さんをヤリ捨てたんだぞ…?会ったことなくたってあいつがどんなに酷い男なのか俺でもわかるよ」
「いいや、あんたは何も分かってないよ。確かにあの人は最低でどうしようもない人だ、だけど母さんを愛していたあの人は…」
「なんでだよっ!」と木原は悠哉が言い終わる前にバンッと机を叩き、勢いよく立ち上がった。
「なんでお前はあいつの事を庇うんだ?!あいつがお前にしたことを忘れたわけじゃないだろ?あいつは実の息子にレイプしようとしたんだぞ…?」
サァっと身体の体温が下がっていく、悠哉は思わず「やめろっっ!!」と木原に向かって叫んでいた。
思い出したくもない最悪な過去。咄嗟に耳を塞ぎ縮こまった悠哉を見て、彰人は焦った様子で「大丈夫か悠哉っ?」と声をかけてくる。しかし今の悠哉には彰人の声すら届かなかった。
「悪い悠哉…っ、この話をお前の前でするつもりはなかったんだ…嫌なことを思い出させてしまった…。俺の配慮が足りなかった、本当に申し訳ない」
木原は立ち上がり、悠哉の方へ駆け寄り頭を下げて謝罪した。
「もう…帰ってくれないか…」
「悠哉…」
力のない声で悠哉がそう言うと、木原は「わかったよ」と頭を上げた。
「今日は突然すまなかったね、俺も感情的になりすぎた。まだ色々と話したいことはあるがまた他の機会にしよう、話を聞いてくれてありがとう悠哉」
悠哉は何も言わずに部屋を出ていく木原の様子をただ横目で眺めていた。
木原が帰り、彰人と二人部屋に取り残された悠哉は「ごめん、お前も帰ってくれ」と掠れた声で彰人に伝える。
未だに顔を上げることなく俯いている悠哉を心底心配そうにしている彰人は「本当に大丈夫か?」と声をかけてくれたが、今の悠哉には彰人の言葉を返す気力もなかった。
「分かった、今日は俺も帰るよ。だけど今のお前はとてもじゃないが大丈夫そうに見えない、何かあったらすぐに頼ってくれ。俺じゃなくてもいいから」
そんな彰人の優しい言葉も今の悠哉の耳には届くことなく、虚空を見つめただ一人の男のことを考えていた。
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