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第14話

 夏休みも終盤に差し掛かろうとしている八月下旬、まだまだ暑さは健在だが、夏休みの間クーラーの効いた部屋に毎日いるのだがら外の気温など悠哉にとってはあまり関係がなかった。  ベッドに寝転び、スマホで甲子園の情報を見ていると、ピコンと上からウインドウが表示された。陽翔からだ。わざと既読をつけないようにアプリは開かず内容だけを確認すると、どうやら陽翔の好きな漫画のアニメ化が発表されたらしい。とてもどうでもいい事だったのでそのままスマホを閉じ、適当なところへ放り投げる。  あれから悠哉と陽翔の関係は変わらないままだった。陽翔に告白した次の日、陽翔の態度はいつもと変わらず悠哉のよく知っている柚井陽翔そのものだった。正直絶交まではいかなくとも自分たちの関係は以前のようにはいかずに気まずくなってしまうのだと視野に入れていた悠哉だったが、その心配は的中することなく陽翔とは今まで通りの関係が続いていた。陽翔からあれ以上告白について特に詮索されることもなく、普通の友人関係が継続している。  そして悠哉の陽翔への気持ちはというと、陽翔本人から否定されたことによって諦められたと言っていいものか分からないが、沈静化しつつある。あれから自分でも陽翔への気持ちについて色々考えてみたのだが、やはり陽翔は悠哉にとって特別な存在ということには変わりなかった。それは決して覆ることの無い事実として悠哉の中に存在している。けれどその感情が恋愛感情なのかは分からなくなってしまった。愛にも種類はたくさんあり、自分の陽翔に対する愛は純粋なものだと思い込んでいる。しかしその感情が友情だけではなく、恋愛とも違う種類の愛である可能性も含んでいるのかもしれない。結果として、陽翔への気持ちを正確に言葉として表現することは今の悠哉には難しかった。だけど今はそれでよかった、無理やりに正解を導ち出す必要などないのだから。  また陽翔の隣にいるのが難波なのが癇に障るが、あいつも悪い奴ではないのだから大丈夫だろうという気持ちも悠哉の中で芽生え始めている。難波のことは未だに好きになれないが、いつかは二人の幸せを心から思える日も来るのかもしれない。  ここ数日で陽翔への複雑な気持ちに新たな気づきが生まれつつあった。それもこれも彰人に色々と打ち明けたおかげだと悠哉は考えている。恋だのどうこうは今の自分にはまだ難しい話だが、やっと自分の気持ちと向き合い区切りをつけることが出来た、そんな気がした。  俺が本当の恋を教えてやる、彰人が悠哉に向けて言った言葉。なんてロマンチストな言葉なのだろうと悠哉は何度も思った。しかもこれをあの彰人が口にしたとなると面白すぎて今でも笑いが込み上げてくる。しかしそんな大事を吐いた当の彰人はバイトが忙しいらしくあれから一度も会えずにいた。何度か連絡は来るが、二人が会うことがないまま夏休みが終わろうとしている。  悠哉がスマホを拾い上げLINEを開くと、彰人とのトーク画面が目に入った。昨日のやり取りを眺めていると、今あいつは何をしてるのかと無意識に彰人のことを考えている自分がいた。今日だけではない、ここ最近気がついたら彰人のことばかり考えてしまっている。 ピンポーン  インターホンの鳴る音が聞こえた。めんどくさいと思いつつも彰人なのではないかという考えが頭の片隅に浮かび上がった。悠哉は体を起こし、部屋を出て玄関へと向かうと、もう一度ピンポーンと鳴る音が聞こえる。  持ち手に手をかけ、ゆっくりと扉を開くとそこには見知らぬ男が立っていた。二十代ぐらいだろうか、髪は黒く服装も落ち着いており清潔感のある印象を抱かせた。背丈は悠哉よりも五センチほど高く、少し見上げる形で悠哉は男を見る。 「涼井悠哉くんのお宅はここであってますか?」  男が第一声に自分の名前を口にしたことに悠哉は違和感を覚える。会ったこともないのになぜ俺の名前を知っているのだろうと不審に思いつつも「そうですけど、どちら様ですか…?」と悠哉は問いかけた。 「もしかして、君が悠哉?」 「…?はい…」  そう答えると男は悠哉の身体をギュッと力いっぱい抱きしめた。 「は?!何すんだよ!!?」 「悠哉…!やっと会えた…!」  突然のことにパニックになってしまい、悠哉はどうにか男を剥がそうと「離せよっ!」と押しやるがビクともしない。  見知らぬ男に突然抱きつかれるなんて前代未聞だった。まさか不審者なのではないかという考えも思い浮かび、悠哉はポケットからスマホを取り出し110番へかけようと指を動かしたときだった。 「悠哉?ちょっとあんたなにしてるんだっ!」  聞き覚えのある声に身体が反応し、悠哉が顔を上げるとそこには血相を変えた彰人が立っていた。彰人は悠哉と男の間に無理やり割って入ると、グイッと悠哉の事を抱き寄せた。 「誰だあんたは?嫌がってる悠哉を無理やり抱きしめるなんてストーカーか?」  普段よりも低い声で威嚇している彰人に対して「ストーカー!?そんなわけないだろ!?」と男は驚いたような顔で反論する。 「悠哉の知り合いか?」 「知らない、急に抱きついてきたんだ」 「やっぱり不審者じゃないか、通報しよう」  スマホを取りだした彰人を見て、男は「待ってくれっ!」と慌てた様子で止めに入った。 「俺は悠哉の兄だ!正真正銘血の繋がった兄弟なんだ!感極まって抱きついてしまっただけで断じて不審者なんかじゃないっ!」  半ば叫ぶように男がそう言った。 「兄弟…?あんたは何を言ってるんだ?」  男の言っていることを理解することが出来なかった悠哉は思わず眉を寄せた。  自分には兄弟なんかいるはずもない、それは今まで生きてきた上で当たり前の事実だった。それなのに目の前の男は自分を兄だと言っている、悠哉からしてみたら訳が分からない事だった。 「これが証拠だ」  男はカバンから用紙を取り出すと悠哉に差し出してきた。どうやら書類にはDNA鑑定の結果が書いてあるようだ。 「これは俺と君の父親、涼井寛とのDNA鑑定の結果だ。認めたくはないが、俺はこいつと血の繋がった親子なんだ。つまりは君とも兄弟ということになる」  男は心底嫌そうにその名を口にした。涼井寛という名前を聞いてピクリと悠哉の身体が反応する。  書類の内容を見るに、確かにこの男が涼井寛と血の繋がった親子であるということが確認できる。 「とりあえず中に入れてくれないか?さすがにここじゃ詳しい話は出来ない」  男にそう言われ、聞きたくもない真実をこれから聞かされるのだと悠哉は予感した。途端に指先が冷えていく感覚がし、気づいた時には彰人の服の裾を掴んでいた。それに気がついた彰人はそっと悠哉の手を包め込むように握った。 「俺も一緒にいていいですか?」  悠哉の不安な気持ちを察した彰人はこのような提案をしてきた。男は顔を顰め「君は誰なんだ?」と彰人に問いかける。 「…友人です。突然知りもしない男から血縁者なんて言われて悠哉自身混乱しているだろうし何より不安だと思います。悠哉のそばに居させてください」  男は少し考えると「確かにそれはそうだが、悠哉はいいのか?これから話すことはお前の父親の話だぞ」と悠哉の表情を伺うように聞いてきた。  父親、俺の大嫌いな言葉。それでもあの人のことを知りたいと思ってしまった。俺の知らないあの人をこの男は知っているのかもしれない。  悠哉はゆっくりと息を吐き、「彰人ならいいよ」と口を開いた。

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