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第20話

 木原と別れてから、久しぶりに陽翔と共に家へと帰った。最近はずっと彰人と帰っていたため、少し新鮮な気持ちで悠哉は足を動かす。 「木原さん、いい人だね」 「…そうだな、まぁ心配性すぎるのもどうかと思うけどな」 「それは悠哉のことを大切に思ってる証拠だよ」  初対面だった木原のことを陽翔はかなり高く評価しているらしく、先程から木原を褒める言葉で溢れていた。心配性のお人好し同士、通ずる者があるのかもしれない。 「それより悠哉、体調の方は本当に大丈夫なの?」 「もう大丈夫だって言ってるだろ、はぁ…難波にも仮が出来たな」  悠哉は覚えていなかったが、担任の話によると難波も彰人と共に悠哉を助けに来てくれたらしい。難波とは別荘の件から改まって話していないため悠哉としてはとても気まずいのだが、今回の件、そして陽翔の恋人という立場である以上少しは仲良くしとかないとな、と思うようになってきた。 「悠哉ってまだ慶先輩のこと嫌いなの…?」 「嫌いっていうか…なんか気に食わないんだよ」  困り眉な陽翔にわざと濁した言い方で返す。本当は未だに難波のことが好きになれないのだが、素直に嫌いと言ったらまだ陽翔への気持ちを引きずっていると思われそうなので気に食わない程度で譲歩した。 「確かに難波のことは気に食わないけど、あいつは良い奴なんだろうな。きっとお前のこと幸せにしてくれる」  夕暮れの空を見ながらそう言うと「うん、僕にはほんと勿体ないぐらい」と陽翔は目を細めた。 「だけど陽翔のことを一番想ってるのは俺だからな」 「えっなに急に…なんか企んでる…?」 「人が素直になってやってるのになんだよその顔は」  悠哉の発言に対して怪訝な表情を見せた陽翔は「だって悠哉がそんなこと言うなんて珍しいじゃん」と心底珍しがっている様子だった。 「そんな反応されるなら言わなきゃ良かった、言い損だな」 「ごめんって、悠哉の気持ちすごい嬉しいよ」 「俺の告白は否定したくせに?」  じとっと陽翔の顔を横目で見ると「ゔっ…」と顔を背けられた。  陽翔に告白を否定されたことはまだ記憶に新しく、あの時の陽翔の態度に納得がいっていなかったためここぞとばかりに責め立てる。 「ひどいよな、人がせっかく意を決して気持ちを伝えたって言うのに振るどころか否定するなんて」 「もう終わった話でしょ!?それに僕への気持ちは恋とは違うって悠哉だって気づいてくれたんじゃなかったの?」  わざわざ陽翔は立ち止まり、悠哉に向かって言い訳じみた物言いをした。悠哉も陽翔につられ足を止めると「そうだな」と素っ気なく言葉を返した。 「確かにお前への気持ちは恋じゃなかった、今思えばなんでそんな簡単なことにも気づかなかったんだってなるけど、それとは別にお前への気持ちがまた違った特別なものなんだって気づいた。愛って必ずしも恋愛に結びつく訳では無いんだな」  悠哉は今まで陽翔への気持ちを深く考えようとしてこなかった。この気持ちが恋なのだろうと当たり前のように思っていたがそれが間違いだったのだ。愛にも種類はたくさんあり、陽翔への信頼の気持ちや友情が合わさってまた恋愛とは異なる愛の形が悠哉の中に存在していた。 「だけと恋がどんなものなのか未だによく分かってないんだよな」  陽翔への気持ちは恋ではなかった。では恋とはどんな気持ちなのだろうか、その実感がまだ自分の中にはなかった。 「置いてくぞ」と言い残し再び歩みを進めると、ハッとした様子で陽翔も後に続いた。 「恋がどんなものか…悠哉にはまだ難しいかもね」 「は…?陽翔のくせに子供扱いするなよな」 「酷い言いよう…」 「でも、彰人が本当の恋を俺に教えてくれるらしい」  悠哉の一言に陽翔が「え?」と目を見開いた。あの時の彰人の言葉を思い出すと今でも笑いが込み上げてきそうになる。耐え切れずに悠哉の口からは「ふっ」と息が漏れてしまったが、陽翔はそんな悠哉の様子よりも彰人の言った言葉の方が気になるらしく「本当に神童先輩がそんなこと言ったの…?」と訝しげに聞いてきた。 「全く見た目に似合わずキザだよな、ほんと面白いやつ」 「あんまり想像出来ないなぁ、悠哉の前だと神童先輩って人が変わるよね」  陽翔の言っていることにあまり共感することが出来ず「そうか…?」と悠哉は首を傾げた。彰人の自分に対する態度も他の人間とさほど変わらないだろうと悠哉は思っていたのだが、陽翔の言葉を受けて違うのだろうか、と考えを改直した。 「神童先輩って普段はクールで感情の起伏があんまり感じられないから何に対しても冷めてる印象が強いんだよね、でも悠哉にはそんな熱い言葉まで言っちゃうんだ」  確かに普段の彰人は口数も少なく表情だってあまり変わらない、それに出会った頃なんて尖りまくっていて口説き文句など絶対に口にしない様な人間だった。けれど最近の彰人を見ていると喜怒哀楽が多少なりとも増えてきたように感じる。それに加え悠哉に対しての熱い想い、あの頃の彰人からは想像も出来ないような口説き文句も平気で口にする。 「神童先輩にとって悠哉の存在は特別なんだね」  陽翔の言葉に悠哉の胸がきゅっと疼く。彰人にとって俺は特別な存在…、それが事実なのかは彰人本人にしか分からないが、彰人の特別になれたら嬉しいと思ってしまう自分がいた。  なんだか無性に彰人に会いたくなってきた。まだ助けてもらったお礼すら言えていない、早く彰人にありがとうと伝えたい、そして父さんのこともしっかりと彰人に知ってもらいたい。 「彰人にお礼言わないとな」 「そうだね」  それから二人は家に着くまで会話を交わすことなく静かな道の上をただ無言で歩いた。その間も悠哉は彰人のことばかり考えてしまい、結局は一日悠哉の頭は彰人のことでいっぱいだった。  

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