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第21話
あとから聞いた話だが、悠哉を襲おうとした男三人は彰人と難波の証言、そして難波が録音したものが証拠となり退学が決まったようだ。彰人が殴った男はかなりの重症だったらしいが、悠哉を守るために取った行動だった為彰人自身に大きな罰が与えられることはなく、担任からのやり過ぎだというお叱りだけですんだらしい。
そして、あの日から悠哉は彰人と一度も会えていない。登下校だって部活が落ち着いたからと言って陽翔と共にしている。陽翔に何故彰人がいないのか聞いたところ、三年生は進路で色々忙しいという曖昧な答えが返ってきた。
休み時間や放課後に彰人の教室に行っても彰人の姿は見えない。完全に避けられている。やはり幻滅されたのだろうか、あの時の取り乱した自分の姿を見て関わりたくないと思われてしまったのだろうか。考えれば考えるほど胸が苦しく切なくなる。彰人に嫌われた、その事実が悠哉の心を深く突き刺してくる。
「悠哉…大丈夫…?」
「これが大丈夫そうに見えるか?」
机に突っ伏し、魂が抜けた抜け殻のような悠哉を心配し、陽翔が声をかけてきた。しかしそんな陽翔の気遣いも虚しく悠哉の気持ちは一切晴れることは無かった。
「彰人が進路で忙しいとか嘘だろ」
「えっ…!?」
顔を上げ、ギロリと陽翔を睨みつけるとあたふたとした様子で陽翔は動揺し始める。そんな陽翔に溜息をつき「下手な嘘つくぐらいなら最初からつくなよな…」と悠哉は呆れた。
「ごめん…でも僕も彰人さんがなんで悠哉のこと避けてるのかよく分からないし、一方的にお願いされただけだからあんまり納得いってないんだよね」
「俺ちょっと探してくる」
カバンも持たずに立ち上がり、ガララッと勢いよく扉を開け悠哉は教室を出る。「えっ!?ちょっと悠哉!?」と陽翔の驚いたような声が聞こえたが、気にせず足を進めた。
何も言わずに避けられて、納得がいかなかった。俺のことが嫌いになったなら陽翔に頼むなど回りくどいことをせず直接言ってこいよ、と悠哉は思う。あんなに自分のことが好きだと言っていたのに、急に姿も見せなくなるなんてあんまりではないか、だんだんと彰人に対して腹が立ってきた。
あれから三年生の教室をしらみ潰しで探しても、他の教室をまわって探してもみたが彰人は見当たらなかった。もう帰ってしまったのだろうかと思い玄関に行き彰人の下駄箱を確認してみたら、しっかりと外履きがあった。まだどこかにいる。絶対に探しだしてやると意地になっている悠哉は、もう一度彰人の教室に向かうことにした。
三年二組、彰人の教室だ。教室の電気は既に消えており、既に中には誰もいないようだ。やはり彰人はいないかと落胆したが、一応中を確認しようと窓から教室を覗き込むと、窓際に腰を下ろし外の景色を眺めている彰人の姿があった。
サラリと目元にかかっている前髪が夕日に照らされ艶やかに光を帯び、外を見つめる青い瞳は夕日のせいでオレンジ色に包まれている教室の中でよりいっそうキラキラと輝いて見えた。
彰人の姿があまりにも美しく見入ってしまっていると、こちらの気配に気がつき自分の方へ向いた瞳と目が合う。
彰人は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに荷物をまとめ始めた。また逃げられると思った悠哉は急いで扉を開け彰人の元へ駆け寄り腕を掴んだ。
「やっと捕まえた」
彰人の目を見てそう言うとすぐに目を逸らされ「離せ」と冷たく言われる。やはり嫌われたのだとズキリと胸が痛んだが、握っている腕を離すことは出来なかった。
「嫌だ、離したくない」
「俺はまたお前を傷つけてしまう、だから離してくれ」
「俺を傷つける…?どういうことだ?」
「俺のせいで危うくお前は取り返しのつかないことになっていた、全部俺のせいだ」
「彰人のせいで…?」
何故彰人がここまで責任を感じているのか悠哉には分からずら掴んでいた腕を離し「お前はむしろ俺を助けてくれただろ?」と目を伏せ、力強く拳を握りしめている彰人の姿を見つめた。
「男の一人が俺に恨みを持っていたことは聞いてないか?」
悠哉を襲った男のうちの一人が彰人に対して強い恨みを持っていた、それは先日担任の口から聞いた話だった。そのため、最近彰人とよく一緒にいた悠哉が目をつけられたことも。
「確かに彰人に彼女を寝盗られたみたいな事を言ってたけど、でもどうせあの男が勝手に思い込んでただけだろ?お前がそんなことする訳…」
「違うんだ悠哉…っ」
悠哉の言葉を遮り、絞り出されたような彰人の声は震えていた。唇を強くかみ締め苦悶の表情を浮かべている彰人、そんな辛そうな顔見たくはなかった。
「違うって何が違うんだよ…」
「俺はお前が思ってるほど良い奴じゃないってことだ」
「別にお前のことを善人なんて思ってない」
「だけどお前は俺が女を寝とったなんて信じてないんだろ」
彰人は生気のない瞳を細め、力なく微笑んでいる。「そんなの当たり前だろ?あんな最低なヤツが言ったことなんて信じるわけない」と悠哉は訴えたが、なんだか嫌な予感がした。
「事実なんだ…、俺はあいつの女とヤった」
「嘘だろ…?」
彰人の口にした言葉を信じることが出来ず「そんなはずない…」と悠哉は首を横に振る。
「お前はそんな奴じゃない…っ」
「すまない悠哉、お前のおかげで俺は変われたと言ったがお前と疎遠になったあの時から俺はまたどうしようも無い人間に戻ってしまったんだ」
「じゃああの男の彼女を寝とったことは事実なのか…?」
「…ああ、一年前の話だし、相手の女がしつこく俺に迫ってきたからしょうがなく抱いたような関係だったから俺自身はあまり覚えてない。だけどあの頃の俺は男を取っかえ引っ変えしてたし、頼まれれば女だって抱くほど見境がないだらしない男だった」
淡々と話を進める彰人に、悠哉の頭は理解することがやっとだった。なんとなく彰人がそういうことに関して経験豊富なことは想像出来るし今更驚きもしないはずなのに、実際に彰人の口から聞かされるとその事実を受け入れたくなかった。なんで自分はこんなにもショックを受けているのだろうか、見境なく遊んでいた彰人を軽蔑したから?いや、違う。彰人が誰かと関係を持っていたことがショックなんだ。あの男の彼女だけではなく、他にもたくさんの人と彰人はキスやセックスをしていた、その事実が悠哉にとっては受け入れたくない真実だった。
何も言葉を発せずにただ呆然と立ちすくむ悠哉を他所に彰人は話し続ける。
「だから今回の件は俺が招いてしまったことなんだ。俺のせいでお前を傷つけてしまう、そんなこと俺には耐えられない、だからあの時みたいに俺を拒絶してくれないか?」
あの時みたいに、という言葉に悠哉はピクリと反応する。あの時とは三年前のことを言っているのだろう、父さんと彰人を重ね拒絶してしまった忘れられない俺の後悔。だけど今の悠哉にはそんなことは出来なかった。彰人と再会してから一緒に過ごしていくうちに悠哉の中で彰人の存在がどんどん大きくなっていき、彰人の過去を聞いただけでは拒絶など出来ない、それ程までに彰人の存在が大切になっていた。
悠哉は気がついたら彰人の腕を掴んでいた。そして腕に力を込め「嫌だ…っ」と顔を上げ、悠哉は彰人に向けて口を開く。
「お前が今まで色んな人と関係を持ったことは確かに理解出来ないし最低だと思う、だけどそれは過去の話だろ?それにあの時俺が拒絶したせいでそうなってしまったんじゃないのか?それだった俺のせいだよ、俺はずっとあの時のことを後悔してたんだ」
悠哉の発言にすかさず彰人は「違う、お前は何も悪くない」と否定した。
「ずっと話せずにいたけど、俺は彰人と自分の父親の姿を重ねて、彰人が父さんに見えてしまったから拒絶してしまったんだ。この間もそうだ、襲われそうになって昔の記憶がフラッシュバックして混乱した俺はまたお前と父さんの姿を重ねてお前を拒絶したんだろ?ごめん、彰人」
「なんでお前が謝るんだっ!悠哉は何も悪くないだろ…?三年前俺を拒絶したのだってお前の父親が原因なんだからお前が謝る必要なんてない、それに俺の存在が父親を思い出してしまう原因になってしまうのならやっぱり俺はお前のそばに居てはいけない」
目を背け、力のない声でそう言った彰人の姿が悠哉にはとても小さく見えた。その時、この男のそばに居たいという感情が悠哉の中でふつふつと湧き上がってくる。見た目が大きいせいで心まで強そうに見えるが、実はそんなことない、神童彰人という人間はとても繊細で決して強くは無い心の持ち主なんだ。そんな彰人を一人にしたくは無いと思った悠哉の身体は、彰人の大きな身体をギュッと力強く抱きしめた。
「悠哉…っ?!」
「確かにあの時はお前のことを怖いと思った、あの人に似てるお前が怖くてあの時のことを思い出してしまって耐えられなくなったんだ。だけどそのことがずっと自分の中で後悔として残ってて、お前のあの傷ついた顔がずっと忘れられなかった。そんな自分が嫌いで仕方なかったのに、お前はあの時の俺を許してくれたんだ」
そうだ、彰人は悠哉がどんなに冷たくあしらっても悠哉のそばにいてくれた。悠哉の事を好きでいてくれた。
「怖くない、今はお前のこと怖くないよ。お前は俺を傷つけたりなんかしないから」
「悠哉…でも俺は最低な男なんだぞ…?お前はそういう人間のことを気持ち悪いと思うだろ…?」
「確かにお前じゃなかったら軽蔑してただろうし、関わろうとも思わなかっただろうな。だけど彰人と一緒にいるうちにお前のいい所もたくさん見えてきて、今更お前に対して気持ち悪いなんて感情抱かない」
悠哉は自分より一回りはでかいであろう彰人の身体を優しく包み込むように抱きしめる。彰人の体温が全身で感じることができ、とても心地が良い気分だった。ずっとこうしていたいと思ってしまうほど、今の悠哉は彰人から離れたくなかった。
「本当に俺のことを許してくれるのか…?」
「しつこい奴だな、お前が俺を許してくれたように俺も彰人のこと許すよ。それとも俺への気持ちも遊びだったのか?」
悠哉が冗談めいた口調でそう口にすると「それは絶対に違う!」と勢いよく身体を離され、彰人に肩をがっしりと掴まれた。
「お前への気持ちは遊びなんかじゃない、どんなにたくさんの人間と関係を持ってもこんなにも愛おしいという感情が芽生えたのは悠哉だけだった」
情熱的にゆらゆらと揺れている青い瞳に見つめられ、耐えられず悠哉の顔には熱が集まる。そうだ、彰人はこういう人間なのだ。悠哉に対しての一途な熱すぎる想い、彰人が本当に最低な人間だったらとっくに自分になど興味を無くして違う相手を探すだろう。だけど彰人は違う、一度好きになった悠哉のことをどうしようも無いくらい強い気持ちで思い続けてくれている。悠哉がどんなに冷たくしてもそれは変わっていなかった。
「取り乱した姿を見られて軽蔑したから避けられてるのかと思ったけど違うみたいで良かった」
「軽蔑なんてする訳ないだろ?むしろお前の姿が痛々しくて胸が痛かったよ、余程辛い経験だったんだな」
彰人の腕が背中に回され、優しく抱きしめられる。すぽんと彰人の胸に収まった悠哉はゆっくりと目を閉じた。
「なぁ彰人、俺の話を聞いてくれないか?俺がなんであの時お前を拒絶してしまったのか、お前には聞く権利がある」
ふぅと一息つき言葉を紡ぐ。今なら話せる気がした。あの人のことを彰人には知ってもらわなければならない、どんなに思い出したくない過去でも、俺には話さなければいけない義務があるんだ。
「話してくれるのか?お前にとって辛い過去なんだろ?」
「ああ、でもお前には知って欲しい」
真っ直ぐと、彰人の瞳を見つめ訴えると「わかった」と彰人は静かに頷いた。
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