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第33話
次の日、悠哉が学校へ行くと既に大量の生徒たちで賑わっており、今日が文化祭だということを物語っていた。教室へ入るといつもの見なれた景色とは変わって様々な飾り付けが施されており机の配置も変わっている。
「僕と悠哉は九時から十一時まで店番でそれ以降は自由だから」
陽翔はカバンをロッカーにしまうと、前掛けを取り出し悠哉に手渡した。
「これ付けるのか?」
「もちろん、雰囲気出るでしょ?」
雰囲気が出るのかは分からないが、なんだか居酒屋みたいだなという感想を抱きながら悠哉は渋々前掛けを腰に付けた。
しばらくするとガヤガヤと騒がしい声が聞こえてきた。どうやら開会式が終わり、客の出入りが始まったようだ。「1-1お化け屋敷やってまーす!」「執事カフェどうですかー!」など客寄せの生徒たちの声も耳に入る。
悠哉たちのクラスにも人が続々と来はじめ忙しない時間が続いた。バイト経験がない悠哉は接客もしたことはなく、慣れないことに体がついて行くだけで精一杯だった。陽翔にも「もう少し愛想良くしたらいいかも」と言われてしまう始末だ。
一時間ほど経った頃だろうか、見慣れた男の姿が目に入り、悠哉は思わず顔をサッと背けた。気づかれたくないがためにその場を立ち去ろうとした時「あっ!悠哉!」という声にビクリと体が反応してしまう。こちらに向けぶんぶんと手を振っている木原は嬉しそうな笑みを浮かべ歩み寄ってきた。
「文化祭大盛況だね」
「なんで来たんだよ…」
昨日散々来るなと言っておいたのに、と溜息をつきながら悠哉は木原に不満げな顔を向けた。
「そんな寂しいこと言うなよな、それに美桜も悠哉に会いたがってたし丁度いいと思ってさ」
木原の隣に立っている美桜と呼ばれた女性は「初めまして悠哉くん」と上品な笑みを浮かべ微笑んだ。木原よりも頭ひとつ分ぐらい低い背丈、茶色の髪はハーフアップに束ねておりふんわりとしたピンク色のワンピースがとても似合っている。全体的に上品な彼女は女性らしく、可愛らしい印象を抱かせた。
美桜という名前は以前にも聞いたことがあった、木原の彼女の名前だ。
「初めまして、木原の彼女さんですよね…?」
「ええ、京介にこんなにかっこいい弟が居たなんてびっくりね」
いつまでも立ち話をしている訳にもいかなかったため、「こちらです」と二人を空いている席に案内した。椅子に腰を下ろした木原は「ははは、だろ?さすが俺の弟、顔がいい」と自慢げに話した。何を言っているんだこいつは、という冷たい視線を木原に向けつつ、木原の正面に腰を下ろした美桜に「こんな奴のどこがいいんですか?」と悠哉は尋ねた。
「さぁ?どこがいいのかしらね」
「ちょっと美桜!?それはないだろう?!」
柔らかい笑みを浮かべながらトゲのある美桜の返しに、悠哉は思わず吹き出してしまう。意外と容赦がないだなと感心した。それでも美桜の言葉が冗談だとわかってしまうほど二人の間には温かい空気が流れており、お互いのことが本当に好きなんだろうなと感じ取ることが出来た。今までの自分だったら他人の幸せな姿など見たくもないと思っただろうに、二人の姿を見ているとこちらまで幸せを分けて貰っているような感覚になっていることに気がつく。
「ふふっ、素敵な笑顔ね」
微笑みながら美桜はそう言った。美桜の言葉に、悠哉は思わず「えっ…」と戸惑ってしまう。今の今までそんなこと言われたことがなかったためどう反応していいのか分からない。
「あっ!悠哉が笑ってる!俺悠哉の笑顔初めて見たぞ」
「そんなことないだろ」
「いいや、俺の前だと基本仏頂面だからな。今みたいにさ」
「嫌われてるの?」
美桜の問いかけに木原は慌てた様子で目をカッと開き「そんなことは無い…!そうだよな悠哉っ?」と悠哉に同意を求めた。悠哉は「さあな」とだけ返しサッと顔を背ける。なんとなく小っ恥ずかしい気持ちになり無意識に口元を隠した。なんだかこの二人といるとペースが乱されてしまうような気がする。
すると木原は何かを思い出したように「あ、そうだ」と口を開いた。
「さっき彰人くんに会ったよ」
「彰人に?」
突然彰人の名前が出てきて悠哉の鼓動が跳ね上がった。
「彼のクラスは執事喫茶をやってるみたいで彰人くんの執事姿もすごく似合っていたよ」
「ね?美桜」と木原はメニューを見ている美桜さんに問いかけた。
「来る途中に会った背の高い男の子のこと?ええ、確かにとてもかっこよかったわね。あんな執事さんいたら私毎日でも仕事頑張れちゃう」
「那生といい、君は本当にイケメンに目がないよね」
木原は不服そうにしながら「俺コーヒーにしようかな」とメニューを指さした。
そんな木原のことなど眼中にもなかった悠哉は彰人の執事姿を想像していた。あの風貌に執事姿など普段は絶対に想像出来ないだろうに、あの顔面を持っている彰人なら絶対似合うという確信があった。
「悠哉?どうかした?」
黙り込んでしまった悠哉を心配そうに木原が見つめる。悠哉はハッと我に返り「なんでもない」と言い二人から注文を聞いてその場を去った。気がつけば彰人のことを考えていた、それ程までに彰人のことが好きだというのに何故今まで気づきもしなかったのだろうか。そんな自分が今になって恥ずかしくなってくる。しかし一度自覚してしまったら恋とは分かりやすく、とても単純なものだなと他人事のように悠哉は考えた。
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