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第32話
陽翔が帰ってから、悠哉は久しぶりに外の空気が吸いたかったため散歩がてらコンビニへと足を運んだ。適当に飲み物や菓子を手に取りレジへ持って会計を済ませる。
ビニール袋を片手に来た道を戻った悠哉は、寝たきりで鈍っていた身体を伸ばすように腕を上へとあげた。流石に五日間もベッドの上にいたせいで身体が重くて仕方ない。しかし、反対に悠哉の心は驚くほど軽くなっていた。陽翔に全てを打ち明けたおかげなのだろう、那生のせいで抱いてしまった自虐心も今では綺麗になくなっており、とてもすっきりとした気持ちだった。彰人への気持ちを恋だと認めることができ、むしろ那生に彰人を譲ろうとしていた自分を馬鹿馬鹿しいと思ってしまうほどだ。確かに那生の方が彰人とはお似合いかもしれない、しかしそんなこと最初から悠哉には関係なかった。だって自分は彰人のことが好きなのだ、あの時は情緒が不安定で自分が引こうとも考えたが、そもそも那生に譲るなんてそんなお人好しな人間では悠哉はなかった。そして完全に彰人を好きだと自覚した今では那生に譲るなんて考えられない。
「お前那生だろ!うわっやべー!」
「まじで?!本物?!」
悠哉が横断歩道を渡ろうとした時だった、那生という名前が耳に入り、思わず足を止めてしまう。道路を挟んだ向こう側に、男二人に挟まれた那生の姿が目に入った。
「何お前ら?」
「なぁちょっと俺たちと遊ばねぇ?」
「この事は誰にも話さないからさ」
どうやら男二人に絡まれてしまっているらしい。那生は冷めきった瞳で男二人を見下すかのように見つめている。
「は?お前らごときが俺とつるもうなんて何考えてるんだよ、雑魚が」
那生の言葉に男は「なんだと?!」と眉を釣りあげた。
「ちょっと人気があるからって調子に乗るなよ!お前って病気なんだろ?その赤い目も白い髪も気持ちわりぃんだよ」
先程の態度と一変して怒りを浮かべた男は那生の容姿について罵倒し始めた。もう一人の男も「お前って人間じゃないんじゃねぇの?」と那生を馬鹿にするかのように笑ってみせる。
男の一言に「なんだって?」と那生が赤い瞳をギラつかせ、拳を握りしめた時だった。
「おい、いい歳した大人が一人の男をいじめるなんてダサい真似するなよ」
悠哉が那生と男二人の間に割って入った。那生の事が放っておけなかった悠哉は那生たちの元へ歩みを進めていたのだ。
「なんだお前」
「これが世間にばらまかれたくなかったら那生に謝れ」
悠哉は手に持っていたスマホを男二人に見せると「那生のファンが黙っていないだろうな」と目を細めた。
先程のやり取りを録画されていたことを知った男二人は部が悪くなったのか「ちょっとした冗談じゃねぇか」「悪かったって」と態度をコロッと変え那生に謝った。
「もう二度とこういう下世話なことはしないんだな」
悠哉が睨みあげると男二人はそそくさとその場から離れていった。
「なんで俺を助けたんだよ、俺の事嫌いなくせに」
那生は悠哉の介入を余計なお世話だと言うような口調でムスッと唇を突き出した。
「別に助けたんじゃない、俺がいなくてもあんたは自分でどうにかしてただろうしな。だけど手、出そうとしてただろ?仮にも有名人なんだから気をつけろよ」
那生は「お人好しだな」と掛けていたサングラスをグイッと頭の上まで持ち上げた。
「あんたのためじゃないからな、俺が単にがむかついたってだけだ。それに人の見た目にとやかく言うなんて醜すぎる」
悠哉は吐き捨てるように先程の男二人に対する嫌悪を述べた。人と違う所を晒しあげてこれみよがしに罵る、なんてゲスいな行為なのだろうと悠哉は思う。
「お前彰人にもそう言ったの?」
「は?何が?」
急に彰人の名前を出された悠哉は、那生の言葉の意味が理解できなかった。
「彰人も目が青かったりそこらの人間とは違ってるだろ?だから今みたいに彰人をバカにした奴らにもお前はそう言ったのかと思って」
「彰人が直接他人にとやかく言われてるところにはあった事ないけど…まぁ、だけどあいつは昔から自分の容姿に関してかなりコンプレックスを抱いていたからな、それに対して気にすんなとは言ったけど」
青い瞳、金に近い髪色、大きな身体、これらは彰人が天性から持ち合わせるものだった。そのせいで彰人は今までの人生かなり苦労していたようだ。そんな彰人を見て、何故人間は自分と違ったものを見つけると腫れ物のように扱いバカにするのだろうか、と悠哉は胸を痛めたこともあった。彰人自身は何一つ悪くないのに、何故彰人だけが辛い思いを抱かなくてはならないのか、悠哉には理解が出来なかった。
「嬉しかっただろうな」
「…何が?」
「彰人は俺みたいに周りの人間を毛嫌いしてたからさ、そういう風に言ってもらえることが単純に嬉しかったんだろうなって思って。お前は周りの人間とは違う、だから彰人はお前のこと好きになったのかな」
那生は妙に汐らしく大人びた表情を浮かべている。
「あんただって彰人のこと特別変わった目でなんて見てなかったんだろ?だったら俺と大差ないし…」
「お前が言うのと俺が言うのじゃ違うんだよ、俺は彰人と同じだから彰人の苦しみが理解できるけど、お前は違うだろ、普通の人間じゃん。なのに彰人を差別しなかったから凄いってことだよ」
那生の言葉に引っかかった悠哉は「普通の人間なんていないだろ」とすぐさま否定した。
「なんであんたは俺の事を普通の人間だと決めつけてるんだ、それこそ差別じゃないのか?自分と彰人は別次元の人間だと勝手に決めつけてるじゃないか」
確かに那生に比べたら悠哉など平凡な学生にしか過ぎないのだろう。しかし、広く捉えたら普通の人間など存在しないと悠哉は考えている。悠哉自身所謂普通と言われる家庭環境ではなかったし、普通に見えて普通ではない人生を送っている人がほとんどだ。
しかし自分の気持ちなど知りもしない悠哉にそんなことを言われても、那生には見当違いな考えにしか聞こえなかった。そんな那生はキッと瞳を鋭く光らせた。
「決めつけてるって…お前は俺たちの気持ちを…苦しみを知らないからそんなこと言えるんだ…!俺は昔から気味悪がられて家族からも特異な目で見られてた、周りの奴らも俺が普通じゃないって…だから俺も自分以外の人間とは違うんだって思いながら生きてきたし、お前は瞳や髪の色も普通じゃん!」
「そんなに見た目が気になるか?」
「…っ、何が言いたいんだよ」
「いや、確かに俺はあんたみたいに変わった目の色も髪の色もしていない、だから彰人とは違ってあんたの苦しみを理解することは出来ないよ。だけどさっきからあんたは自分の見た目が他人と違うから周りの人間とは違うって認識してる。見た目が違うなんて当たり前のことだし、逆に全く一緒の人間なんていやしないよ。あんたが気にしてるから周りの人間もあんたを気にしているように見えてるんじゃないか?自分ばかりが周りと違ってるなんて思わなくてもいいんじゃないかな」
これは悠哉の率直な意見だった。自分が周りと違っているのではなく、周りもみんな違っているのだから自分が違うのだって当たり前だと。だから那生には自分と彰人だけが周りと違うのだと思って欲しくなかった。
そんな悠哉の指摘に、唇をギュッと噛み締めた那生は「なんだよそれ…」と呟いた。
「今までお前は周りの人間とは違うんだって言い聞かされ続けて来たんだぞ…?今更そんな考えできるかよ…」
悠哉から目を逸らした那生は再び黙り込んでしまう。そんな那生の初めて見る姿に、あの那生でも人並みに悩むのだと悠哉は知り、那生だって自分と同じ人間なのだとなんだか親近感を湧いた。
「でもまぁあんたがそう思うのも分からないわけじゃないけどさ。俺だってついさっきまであんたの容姿に圧倒されて自分が彰人と一緒にいてもいいのかって卑屈になってたし。それほどまでにあんたの見た目は超越してるんだから周りと違うって思い込むのも無理ないかもな、それでもあんたは自分の見た目をコンプレックスにせずに強みにしてる、そこは素直にすごいと思うよ」
悠哉は素直に那生に対して抱いていたことを伝えた。すると那生は顔を上げ、大きく見開いた瞳を悠哉に向けた。
「お前は俺の機嫌を取ろうとしてんのか…?」
「は?別にそういうつもりはないけど」
悠哉のケロッとした返答に「じゃあなんで急に褒めてきたんだよ!!」と那生は勢いよく悠哉に指を突き立てた。
「別に深い意味はねぇよ、あんたが人並みに悩んでるんだって分かったらなんか改めて彰人とは違ってすごいと思っただけで…、だってあんたは彰人みたいに見た目に関してコンプレックスを抱いてたんだろ?なのにそれをただたのコンプレックスにしないで強みにしてさ、彰人には出来なかった事だろ?」
那生は途端に顔を真っ赤にすると「だぁぁぁぁ!!もうっっ!!」とその場にしゃがみこんでしまった。
「おいっ!?どうしたんだよ?!」
那生の異変に驚いた悠哉は那生の肩を掴もうとしたが、パシリと払いのけられてしまう。
「意味わかんねぇ…っ!!さっきまで俺に説教してたくせにさ!!それなのに急に褒めてきて…そんなのどんな顔したらいいか分からないだろ…っ」
那生の様子から察するに、悠哉の直球すぎる褒め言葉に照れているのだろう。そんな那生の姿がどうにも可愛らしく、悠哉は未だに顔を赤くしたまま自分の髪をぐしゃぐしゃに掻きまわしている那生に「お前可愛いな」と言ってしまった。
「はぁ?!!バカにしてるのか?!」
「そういうつもりはねぇよ、単純にちょっと褒めたぐらいで照れてるあんたが純粋で可愛いって思っただけだよ」
「くっそ…お前は天性の人たらしだな…」
「でも褒められることなんてあんたにとっては日常茶飯事だろ?別に珍しいことでもないだろうになんでそんなに照れるんだよ」
悠哉は首を傾げ那生に問いかけた。那生のような人気がある人間は褒められることなんて慣れきっているだろうに、今更そんな反応している那生が悠哉にとっては不思議でたまらなかった。
「別にあいつらに褒められたって嬉しくなんかねぇし、どうせみんな俺のご機嫌取りでしょうがなく褒めてんだよ」
赤みの引いた那生の肌は本来の透き通った白い肌に戻っており、那生はすくっとその場に立ち上がった。
「お前みたいに素直に褒められるのは慣れてないんだよ、だからたまにファンの人とかにそういうこと言われるとすげぇ照れるんだ」
那生の本心を聞き、悠哉はなんともいたたまれない気持ちになった。那生が言うように周りの大人たちはお世辞でしか那生を褒めない、そんな状況に慣れきってしまった那生は褒められても素直に受け取ることができなくなってしまったのだろう。だから悠哉のような人間に本気で褒められる事には慣れていなかったためこんなに照れていたのだと思うと、那生が育ってきた環境が如何に劣悪なのか察してしまう。
「あんたも苦労してるんだな」
「同情か?」
「同情というか、普通に驚いた。あんたの素振りからはそういう苦労してるようには見えないからさ」
「そりゃあプロだからな、それにもう俺は割り切ってるつもりだし。自分の置かれた環境なんて今更変えられないんだしいつまで引きずっててもしょうがないだろ?だから俺は自分自身で幸せを掴み取るんだ」
そう口にした那生の姿は凛々しく、とても美しかった。以前の自分ならばそんな那生の眩しさにしり込みしてしまっていただろう、しかし自分の気持ちを正面から理解した今の悠哉はそんな那生の眩しさにも負けていなかった。
「俺も自分なりに幸せを掴もうと思ってる。だから彰人のことは絶対渡さない」
悠哉はにっと口角を吊り上げると、那生に向けて力強く自分の気持ちを口にした。
「…うっざ、この前はあんなに自信なさげだったくせに」
「うるせー、あんたみたいなモデルと彰人が恋仲だったなんて知ったら誰だって自信なくすだろ。でもあんたのおかげで自分の気持ちとしっかり向き合うことが出来た、その点ではまぁ、感謝してる」
那生は力強い瞳をしている悠哉を目の前に「ライバルの手助けしてどーすんだよ俺…」と悔しそうな、それでも少し嬉しそうな表現を浮かべて呟いた。
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