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第42話

「悠哉、身体の方は大丈夫そうか…?」 「ん…大丈夫」  先程の余韻のせいで気怠い身体を横にしながら、悠哉はそう答えた。  あれから二人はシャワーを浴び、一通り身体を洗い流した後再びベッドへと戻った。彰人は悠哉の隣に寝そべり、肩肘をつきながら愛おしそうに瞳を細め悠哉の髪を撫でている。行為の後ということもあり、 恥ずかしい気持ちが消えない悠哉は彰人から目を逸らし、けれども彰人の髪を撫でる手が気持ち良くてされるがまま身を任せていた。 「眠いか?」 「んーちょっと…?お前は?」 「俺は全然だな、むしろ目が冴えてるぐらいだ」  「なんだよそれ」と悠哉はふはっと吹き出した。 「お前と愛し合った後なんだ、さっきのお前の姿が目に焼き付いて眠くなんてなるわけない」  ふっと口角を上げた彰人に対し、悠哉は先程行われた行為を思い出してしまいボッと頬を赤くさせた。 「本当に夢みたいだ」  ふと彰人の顔を見ると、なんとも幸せそうな表情を浮かべている彰人の姿が目に入る。そんな彰人に悠哉は恥ずかしさなど吹き飛んでしまい、愛おしさに胸が締め付けられるようだった。悠哉が無言で彰人を見つめていると「どうした?」と首を傾げ彰人が優しく問いかける。 「いや、俺も夢みたいだなって思ってさ。性行為に対してあんなにも嫌悪感を抱いてたのにこうしてお前と繋がることが出来て、なんていうか…すげぇ嬉しい」  悠哉は今自分が抱いている素直な気持ちを彰人に打ち明ける。実の父親から襲われそうになったトラウマにより人一倍性行為に対して嫌悪感を抱いていた自分が、一人の男に抱かれ快感の虜にされてしまった。この事実は悠哉にとって大きすぎる一歩であり、やっと今まで囚われ続けてきた父親への呪縛から解放されたといっても過言ではなかった。 「お前のおかげで父さんへの本当の気持ちにも気がつくことが出来たし、やっと一つの区切りをつけられた、ありがとな」 「悠哉…やめてくれ、それはお前自身が解決したことで俺は何もしていないんだから」  彰人は起き上がると悠哉の髪を撫でていた手を止め、今度は悠哉の手をぎゅっと握った。 「お前のおかげだよ、以前の俺は父さんへの気持ちと向き合おうともしなかったし、本当の恋だって知らなかったんだ。お前が俺に教えてくれたんだろ」  俺が本当の恋を教えてやる、別荘へ行った時に彰人が悠哉に向けて言った言葉だった。あの時はそんな小っ恥ずかしい台詞を言った彰人に対して笑いしか込み上げてこなかったが、本当にその通りになってしまった今では馬鹿に出来なくなってしまった。 「お前がそんな風に思ってくれていたなんてな、ここは素直に受け取らせてもらうよ」  彰人の指が悠哉の手の甲を優しく撫で上げる。その感覚にびくりと身体を反応させてしまった悠哉は、照れ隠しのように「そういえば結局モデルの話はどうするんだ?」と話題を咄嗟に変えた。 「ああ…まだ悩んでるんだが、やはり俺には向いていないと思ってる」  少し俯き気味で答えた彰人に「そうか…」と悠哉は勿体ないなという感情を抱いた。 「俺はモデル、すごい向いてると思うどな。お前は自分の容姿が好きじゃないかもしれないけど、その金よりの髪色も青い瞳も天性のものだろ?人と違うってモデルみたいな人前に立つ職業だとむしろ利点だと思うし、何よりお前なら強みに変えることが出来るって俺は思うよ」  那生と話してみて、彰人のような常人離れした容姿を持ち合わせている男はモデルのような仕事が適正なのではないか、と悠哉はひそかに思っていた。それに彰人は自分の容姿にコンプレックスを抱いている、尚更それを克服する為にもモデルという職業は彰人にとってぴったりではないか。  しばらくの沈黙の中、悠哉はハッとした。黙り込んでしまった彰人に、無神経なことを言ってしまったと悠哉は「悪い」と反省した。 「そもそもお前は自分の容姿を良く思ってないんだからモデルみたいに色んな人の目に入るような仕事嫌だよな。自分の考え押し付けてお前の気持ち考えてなかった」  悠哉は自分の発言に後悔した。那生は自分の容姿を強みに変えたが、彰人は那生とは違うのだ。誰もが那生のように強くないのだからと悠哉は彰人の気持ちを汲んでやれずに軽率にモデルという仕事を進めてしまった自分に嫌気が差してしまう。自分の気持ちをそのまま素直に言葉にして伝えてしまうところが悠哉の悪いところでもあった。  しかし、伏し目がちな悠哉の頭を撫でた彰人は「なんでお前が謝るんだ」と優しい口調で悠哉を宥めた。 「だってお前が何も言わないから…俺の無神経さに嫌気が差したんだと…」 「違う、そんなこと思うはずないだろ。むしろお前の考えに感動して何も言えなかったんだ」  「感動…?」と悠哉は彰人の言っていることを理解出来ずに頭を傾げた。 「自分の容姿を強みに変えるなんて考え俺にはなかったから驚いてるんだ。今までこんな見た目自分にとって悪いことしかないと思ってたし、実際にいい事なんてなかったしな。だけど強みにする、そうすることが出来たなら俺は成長できるのかもしれない」  彰人の前向きな返答に、悠哉は自分の事のように嬉しくなってしまった。 「だけど本当にいいのか…?自分には向いてないって言ったし人前に立つのだって嫌なんじゃ…」 「確かに以前の俺だったら絶対に嫌だっただろうな。だけど前にもいったが今はそこまで自分の容姿が嫌いじゃないんだ。お前のおかげでな」  悠哉の胸の奥底に恍惚感となって喜びが広がっていく。 「はぁ〜〜…」 「…っ?どうした?」 「彰人の存在が俺を救ってくれたように、彰人にとって俺がそういう存在になれてたことが嬉しくて…これって自惚れかな…?」  頬を染めた悠哉が微笑むと、そんな悠哉の姿に瞳を見開いた彰人はがばりと悠哉に抱きついた。 「自惚れなんかじゃない、お前は俺にとって何もよりも大切な存在なんだ。お前のおかげで今の俺がいる。悠哉、俺はお前を心から愛してる」  熱い眼差しで悠哉の事を離さまいと絡みつく青い瞳に、悠哉は溺れそうになるほどの幸福感を抱えながら「俺もだよ、彰人」と世界で一番愛おしい男の頭を引き寄せ唇を重ねた。

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