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番外編2

「彰人くんってなんで目の色も髪の色もみんなと違うの?」  何気ない無邪気な子供の疑問だった。曇りないその純粋な瞳から、周りの人間と違った彰人の容姿について子供ながらに気になったのだろう。しかし幼い彰人には、その疑問に対する明確な答えを返すことは出来なかった。  そんな時、施設の大人が困ったような顔つきでその子供に声をかけた。 「彰人くんのお父さんは皆とはちょっと違うの、だから目の色も髪の色も違うのはしょうがないのよ」  元々アメリカ人の父からの遺伝子が強かった彰人は青い瞳、金に近い髪色をしていた。その事に関して自分自身、何故他人と違うのだろうなどと思ったことは今までなかった彰人にとって、この時初めて自分の容姿について違和感を覚えた。何故自分は他の人間と違っているのだろうか、と。  それから彰人は、自分の容姿が他の人間と違うことに対して密かにコンプレックスを抱くようになった。「なんで目が青いの?」「髪が金色なのは何で?」そんな疑問を頻繁に投げかけられた彰人は嫌気がさした。目の色、髪の色が他の人間と違っているからってどうしてそんなに気になるのか、違うことがそんなにいけない事なのか、彰人には周りと違うことがおかしいと言われているようでただただ不愉快だった。  そして年齢が上がっていくにつれ、物珍しい彰人の容姿を不審に思った周りの人間は彰人のことを少しずつ避けていくようになった。それによって彰人は人間という生き物がなんて愚かなのだろうと身をもって実感した。愚かで、なんとも醜い。  いつしか彰人は自分の容姿も、周りの人間も嫌いになった。何故自分は他人とは違うのか、何故周りの人間は他人と違う自分の事を特異な目で見るのか、彰人は自分の人生が生きづらくて仕方なかった。  だから施設ではいつも一人でいた。わざわざ自分のことを軽蔑した目で見てる奴らと一緒にいる必要などない、あいつらは本当の俺を見てくれないのだから。どうせ見た目でしか他人を評価できない愚かな生き物。 「おい、またサボろうとしてるだろ」  放課後、彰人が教室から出て今にも帰ろうと足を進めている時だった。彰人よりも十センチ以上は低い身長をした少年が、タレ目がちな黒い瞳を光らせ彰人の前に立った。少年の態度は堂々としており、上級生に接する態度とは程遠かった。  この少年とはまだ一度しか話したことがない。おそらく一年生だろう、黒い髪に黒い瞳、不機嫌そうに寄せられた眉はつり上がっており、怒りとも捉えられるその表情は彰人にとっては全く怖くなく、むしろ可愛らしいと思ってしまうぐらいだった。  以前、委員会の当番をサボった彰人に対して何故当番活動に来ないんだ、と詰めてきたことがあった。この頃の彰人は既に成長期真っ盛りで身長も百七十センチ以上あれば、筋肉だってそれなりについており中学生にしてはかなり大きい方だった。そんな彰人の事をを怖がらずに接してきたこの少年のことを、彰人は不可解に思っていた。 「またお前か…前にも言ったがお前のようなガキに構ってる暇はないんだ、俺の前から消えてくれ」  面倒くさそうに彰人は少年にそう言うと、少年の横を通り過ぎようとした。しかし、そんな彰人の態度にさらにキッと眉をつりあげた少年は「いい加減にしろよ」と呟くと、彰人の胸ぐらを思い切り掴んだ。 「ガキはお前だろ?いや、自分の仕事も出来ないようなやつはガキ以下、お前は赤ちゃんなのか?」  少年の煽りに彰人の眉はピクリと動いた。彰人は少年の腕を掴みあげ「本当にお前はムカつく奴だな」と少年を睨みつける。 「この前も忠告してやっただろ、そんなに誰これ構わず噛み付いているといずれ痛い目を見ると、それなら今俺が痛い目を見せてやってもいいんだぞ」  彰人は少年を掴んでいる手にさらに力を込めた。これでビビって涙でも浮かべてくれたら少しは可愛げがあるんだけどなと思ったが、少年の反応は彰人の望んだものとは全くもって違っていた。 「やれるもんならやってみろよ、一体一なら勝てる自信だってあるぞ」  可愛げの欠けらも無い、彰人は少年の態度を見て思わず溜息をつきたくなった。少年の腕を離した彰人は「本当にお前は変わってるな」と呆れきった視線を送った。 「お前に言われたくない」 「お前よりはマシだろ」 「とにかく今日こそは来てもらうかな」  少年は彰人の腕を掴み、スタスタと歩き始めた。少年の自分勝手な行動に、引きずられるようについ足を進めてしまった彰人は「…っおい、お前はなんでそんなに俺に構うんだ」と疑問を投げかけた。 「はぁ?俺だって構いたくて構ってるわけじゃないんだよ。お前が当番に来ないからこうしてしょうがなく世話を焼いてるんだろ」 「お前は馬鹿のお人好しなのか?当番活動をサボるやつなんて俺以外に山ほどいるだろ、そんな奴らに毎回声をかけているのか?」  彰人は少年の手を振り払い、足を止めた。そんな彰人に向き直った少年は「そんな訳ないだろ」とこいつは何を言っているんだ、とでも言いたげな表情で彰人を見た。 「生憎俺はそんなお人好しじゃない、わざわざこうしてお前に声をかけてるのは自分のために決まってるだろ。お前がサボるせいで俺の仕事量は二倍になるんだ、そんなの不公平じゃないか、なんで俺だけ他の連中の二倍も働かないといけないんだよ」  少年の言い分に、彰人は思わず開いた口が塞がらなかった。ただのお人好しの行動だと思っていたために、そんな自己本位な考えで彰人に声をかけていたなんて知らなかった。なかなかいい性格をしている少年に、彰人は思わず吹き出してしまう。 「ふっ、お前は本当におかしな奴だな」 「なんで笑うんだよ」  なぜ笑われているのか理解していない少年は眉をひそめた。彰人はひと通り笑うと「今日だけだぞ」と言い少年の前を歩いた。少年は慌てたように駆け足で彰人の後に続くと「…っ、今日だけって、毎週来いよ」と文句を言った。  花壇の水やり終えた彰人は、花壇に腰かけ夕暮れの空を眺めていた。色紙細工のような立派な夕焼けに見蕩れていると、彰人の隣に少年も腰をかけ「最初から素直に来ればいいのに」と彰人の足を軽く蹴った。 「今日はたまたま機嫌が良かったんだ、来週も来るとは限らない」 「お前なぁ…」  彰人自身、何故自分が少年の言うことに大人しく従ったのか分からなかった。しかし一つ予測を立てるなら、少年の裏表のない真っ直ぐとした性格、その魅力に惹かれたのではないだろうか、と他人事のように考える。 「なぁ、お前は前に俺の事を怖くないと言ったよな、それは本心なのか?」  彰人がぽつりと少年に対して抱いていた疑問を口にすると、少年は不思議そうに彰人の顔を見た。 「…そうだけど?」 「俺のことを軽蔑しないのか?」  彰人の質問に、少年は「は?」と眉をひそめた。 「なんだよ急に変な事聞いて」 「だっておかしいだろ、俺は他の人間とは違って瞳の色も髪の色も特殊だ。そんな人間がいたら誰だって特異な目で見てしまうし、自ら関わろうと思わないのが普通だろ。それに俺は身体もデカい、こんなやつに近づく人間なんて普通はいない」  少年の行動が彰人にはただただ不思議だった。自分と関わってメリットになる事なんて一つだってない。それなのに少年は彰人のことを必要以上に構うのは自分のためなんだろうが、それでもやはり彰人には理解ができなかった。  すると一通り話終えた彰人に対して、少年が低い声で「それは誰の意見だ?」と口を開いた。 「少なくとも俺はお前の見た目が変だなんて言ってないし、勝手に決めつけられて不快だな」  彰人の顔を見てはっきりとそう口にした少年は言葉を続けた。 「お前の目の色や髪の色が他と違うからって俺は軽蔑したりしない、人と違うことの何が悪いんだ?俺には理解できない」  嘘偽りのない少年の意見に、彰人は返す言葉が見つからなかった。こんな事初めて言われた、今まで生きてきた中で人間は自分と違うものを差別する生き物だと思い込んでいた彰人は、自分が軽蔑されるのは当たり前だと思っていた。どうせ俺の中身まで見てくれる人間などいないのだと諦めていたのだ。けれど少年は違った、鼻から彰人の容姿など興味がないとでもいうような態度で彰人に接してくれたのだった。この時初めて気がついた、少年は彰人の見た目ではなく、彰人の中身を見て接してくれていたのだと。 「…本当に変なやつだな、今まで俺の容姿を気味悪がってる連中ばかりだったからお前みたいなやつは逆に対応に困る」  彰人が困ったように目線を泳がせていると、じっと自分を見つめている少年の視線に気がついた。「なんだ?」と問いかけると「いや、勿体ないなと思って」と少年は彰人の青い瞳に語りかけた。 「お前の目も髪もすごい綺麗なのに、お前はコンプレックスに感じてる、すごく勿体ないと思うよ。瞳の色なんて真っ青で海みてぇなのに」  少年の純粋な感想に、彰人は最初こそ理解が及ばなかったが次第に顔に熱が集まるような感覚を覚えた。唐突な少年の褒め殺しを受けた彰人は「なんなんだお前は…」と困惑の声を上げた。 「まぁでもあれだな、まずお前は見た目どうこう言うより先に中身をどうにかしろ。サボり魔のくせに変態で愛想が悪い、確かにそんな奴と関わりたい人間なんていないかもな」  不敵な笑みを浮かべた少年に「たった一度しりを揉んだ程度で変態扱いするな」と彰人は反論した。 「一度も二度も関係ねぇよ、ケツを揉んだ時点でお前は変態だ」  少年は立ち上がると「でもさ」と彰人の方をくるりと向いて優しい笑みを浮かべた。 「最初から諦めてたら誰もお前の中身まで見てくれないと思うよ、本気で本当の自分を知ってもらいたいならそれなりにお前も人を信じる必要があるんじゃないか?それに全員が全員見た目ばかり見てるわけじゃないし、しっかりと中身まで見てくれる人間は存在する、少なくともそんなお人好しの馬鹿を俺は知ってるし」  眩しかった、真っ直ぐとしたその瞳が彰人には眩しすぎて直視するだけで目が焼けてしまいそうだった。しかし少年から目を逸らすことは彰人には不可能で、少年の姿から目を逸らすぐらいなら目を焼かれても構わない、そんな馬鹿げた考えが脳裏を過った。  物心つく前に両親を事故で失った彰人は孤児院で育った。孤児院の中は親からの愛を十分に与えられなかった子供ばかりで、自分を守ることで精一杯の子供がほとんどだった。群れを作り他人よりも優れているという優越感を持ちたい者、弱いものをいじめ自分が強いと思いたい者、そして彰人のように他人を避けることで保身に走る者。冷たい人間ばかりの中で育った彰人にとって、少年のような存在は稀だった。  少年の言う通り、彰人は諦めていた。周りの人間皆、俺のことを軽蔑した目で見るのだと、そう決めつけていたのだ。ずっと狭い世界の中一人で閉じこもっていた彰人は、その少年の言葉に自分自身が逃げていただけなのだと思い知らされているようだった。  この時、彰人の心の中に一つの感情が芽生えた。  ――こいつは他の連中のように俺のことを軽蔑しない、こいつなら俺の中身を見てくれるんじゃないか…。 「何笑ってんだよ」  行為を終えた二人はベッドに並んで横になり、彰人は幸福感に包まれながら悠哉の髪を撫でていた。そんな彰人の姿を、不思議そうに瞳を揺らめかせ悠哉は見つめている。 「いや、お前と出会った頃のことを思い出してた」  彰人が正直に答えると、悠哉はムッと目を細め嫌そうな顔をした。 「俺あの頃のお前ほんと嫌い」  悠哉の素直すぎる感想に吹き出した彰人は「奇遇だな、俺もだ」と肩をすくめた。 「あの頃の彰人、ほんと嫌な奴だったよな。俺のこと絶対舐めてただろ」 「そんな事はない、ただ変なやつだとは思ってたけど」  「お前の方が変だったろ」とすかさず悠哉は反論した。 「いや、お前も相当おかしな奴だったよ。俺みたいな人間を軽蔑したり怖がったりしなかったんだから」  あの頃の彰人にとって、悠哉みたいな存在は本当に理解し難かった。普通の人間が真似することは不可能だろうと思ってしまうほど、悠哉の考え方は真っ直ぐすぎたのだ。だからこそ彰人自身、悠哉という男に惹かれてしまったのだろうが。 「だけどお前のおかげで俺の考えもだいぶ変わることが出来たんだ。どうせ周りの人間は皆俺の事を見た目でしか判断しないんだと諦めきっていたが、中にはお前のような人間もいると気づかせてくれた、お前が俺の世界を広げてくれたんだ」  悠哉と出会わなければ今も自分は誰にも心を開いていなかっただろう、そう彰人は考えている。誰にも心を開かず一生自分だけの空間に閉じこもり、孤独な人生を送っていたに違いない。しかし今はどうだろうか、心から愛おしいと思える存在ができ、互いに愛を共有し合う関係を築けている、なんて幸福な人生なのだろうか。 「お前の存在一つで俺の人生は360度変わってしまった、こんなにも幸せな気持ちでいられるのは全部お前のおかげだ」  惜しげも無く悠哉への感謝を述べた彰人は、悠哉の滑らかな頬を指で撫で上げ微笑んだ。 「…っ、大袈裟なやつだな…っ」  悠哉は一言そう言うと、くるりと身体を動かし彰人とは反対の方向を向いてしまった。悠哉の顔が見えなくなったことに寂しい気持ちを抱いた彰人は、身体を起こした。 「だけどあの時お前に言ったことで後悔してる事があるんだ」 「後悔?」  後悔という言葉が引っかかった彰人は聞き返した。彰人には全く心当たりのないことだったため、悠哉が何に後悔しているのかまるで見当もつかない。 「あの時お前にそれなりに人を信用しろって言ったけど、お前の育った環境を考えたら人を信用するようなことも簡単じゃなかったよな、俺だってそうだったのに陽翔と出会って自惚れてたんだ。人を信じることってすごく難しいのにな」 「悠哉…」  まさか悠哉があの時の発言を気にしていたなんて思ってもみなかった。そしてあの時のことをしっかりと覚えてくれている悠哉に彰人は密かに愉悦を感じていた。  彰人は「お前は真面目だな」と悠哉の頭を優しく撫でた。 「そんな事を気にしていたのか?あの時のお前の真っ直ぐとした考え、俺は素直に感動したぞ」 「だけど俺は彰人のこと何も知らなかったのに、偉そうなこと言ってるって思っただろ?」  悠哉も身体を起こすと彰人の方に向き直った。不安そうに彰人を見つめているその瞳ですら愛おしいと感じてしまうほど彰人は悠哉にぞっこんしているというのだから、今更悠哉の言葉に幻滅するはずがない。悠哉の不安は全くもって杞憂にしか過ぎなかった。 「確かにあの頃のお前はすごく偉そうだったが、有無を言わさないお前に俺は惹かれたんだ」  「な?」と彰人は悠哉の瞳を見つめ、熱い視線を送った。赤らめた顔を背けた悠哉は「あの頃の俺はまだガキだったし…今だったらあんな偉そうなこと言わないし」と呟いた。 「それはどうだろうな」 「今も偉そうだって言いたいのか?」  ムッと眉のシワを寄せた悠哉は不機嫌な態度で彰人の胸へ自身の身体を倒した。「偉そうで悪かったな…」と呟いた悠哉の耳は赤みを帯びており、甘えているのだと彰人は瞬時に察した。貴重な悠哉のデレを目の前に、言葉にし難い興奮を覚えた彰人は赤く染った悠哉の耳へ唇を当てキスをした。 「確かに俺の恋人は少し偉そうなところもあるが、そこも含め最高に愛おしいんだ」  悠哉の耳元で彰人がそう囁くと、悠哉の耳はさらに赤みが増したように彰人には感じた。そんな悠哉の姿に胸が締め付けるほどの高鳴りを抱いた彰人は、改めて涼井悠哉という男に対して自身が抱いている愛おしさを思い知らされたようだった。  

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