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1-18 僕と友達になって!

 藍玉(ランユー)は握りしめていた手の中の賽子を、適当にぽいっと転がした。コロンコロンと机の上で何回か転がった後、ぴたりと止まる。 「うん、四と四で八だね。こういう感じかぁ。うんうん、よくわかった!」 「ゾロ目ですね。ゾロ目の確率はどの目のゾロ目でも理論的には同じ確率ですが、大きい目を出すには運も技術も必要でしょうね。あなたは運も(・・)良いのでしょう」  賽子を手に取り、その中性的な顔に優しい笑みを浮かべた。しかしその言葉にはやはり含みがあり、彼が何を考えているのかは碧雲(ビーユン)にはまったくわからなかった。  座っている藍玉(ランユー)の後ろに控え、机の上で繰り広げられる賽子投げを眺めていたが、正直、この戦いになんの意味が?と思ってしまう。  言っても、自分は五回中五回とも惨敗だった。こんなくだらない戦いでも、一度も勝てなかったという事実に対して、だんだん腹が立って来た。  そうこう考えている内に、翠雪(ツェイシュエ)(ほう)った賽子が目を出す。 「六のゾロ目です。私の勝ちですね」  くすり、と口元を緩めて笑みを浮かべる。止まった賽子の目は、どちらも六。ゾロ目な上に一番大きな数。彼の運は本物らしい。  しかしこうも連続で幸運が続くと、なにかインチキでもしているのではないかと思ってしまう。相手よりも大きい目を出すだけでなく、連続で相手の運を上回ることなど、本当にできるのだろうか? 「なにか仕掛けがあるんじゃないか?じゃなきゃ、こんなの、おかしいだろう?」  思わず、碧雲(ビーユン)は想っていたことを口にする。それに対して翠雪(ツェイシュエ)は、ただ不思議そうに首を傾げてこちらを見上げて来る。 「おかしい?私は先に言いました。私は運だけで勝負し、あなたたちは出来うる手段を以て挑んで構いません、と」 「そうだよ、碧雲(ビーユン)。これも運の内ってこと。十の内のたった一の不運なら、ありえなくないでしょ?それが連続で続くか、途中で終わるか、それも僕たちの運次第だもん」  そもそも、それを言うなら不利なのは翠雪(ツェイシュエ)の方なのだ。それがよく解っていない碧雲(ビーユン)に、藍玉(ランユー)は明るい声で諭す。 「僕もただ視ていた(・・・・)だけじゃないよ?ふふ、ゾロ目の六かぁ。この勝負の中で初めて出たね」  バラバラで大きな目だと最大十一。その目が出たのは、碧雲(ビーユン)との勝負の際に一度。今出た六のゾロ目は初めてだった。楽しそうに藍玉(ランユー)は再び賽子を手にすると、その赤い瞳を輝かせ、翠雪(ツェイシュエ)をじっと見つめた。 「ねえ、どうしてさっき、誤魔化したの?」 「誤魔化す、とは?」  (とぼ)けるように言葉を繰り返し、翡翠の大きめの瞳を細めて、大扇で口元を隠す。藍玉(ランユー)の眼には、自分の質問の意図に気付いて、あえてそのような態度を取っているように見えた。 「まあ、いいけど。あとでどうせ訊くことになるんだし?」  弾むような口調でそう言うと、藍玉(ランユー)の赤い瞳が一瞬光ったように見えた。正面に座っている翠雪(ツェイシュエ)はそれを見逃さず、後ろに立っていた碧雲(ビーユン)はまったく気付いていなかった。 「もう、僕、負けないもんね~」 「また、そんな強気なこと言って。後で恥をかきますよ?」  はあ、と呆れたように肩を竦めて、碧雲(ビーユン)もどっちの味方なのかわからないような発言をする。しかしその強気な発言が、ただの強がりではないことが目の前で証明される。  転がった賽子を皆で見守り、目で追った先。ぴたりとふたつの賽子が"ある目"で止まった。 「は?え?嘘でしょう!?」  碧雲(ビーユン)はお手本通りの反応で、目の前で起きた光景に対して珍しく素直に驚いていた。  それもそのはずだ。 「······ゾロ目の六、ですね」  さすがの翠雪(ツェイシュエ)も驚いたようで、大扇を扇いでいた手が止まり、賽子の目をじっと見つめていた。  そう、彼が言うように、目の前の賽子の目はふたつとも六だったのだ! 「面白い。これで私は、二回連続で同じ目を出さないといけなくなりました」  先程出したゾロ目の六。同じ数のゾロ目を二回連続で出せる確率は······。 (やはり、そうきましたか。この子は、最初からこれを狙っていたんですね)  あくまで確率の計算だが、何回かの内にゾロ目を揃えるのと、二回連続でしかも同じ数のゾロ目が出る確率は、まったく違う。かなり低いし、出せたらまさに奇跡、それこそ強運の持ち主だろう。 (しかも、すでに七回目を終えたところ。いつ一割の不運が巡って来てもおかしくないこの状況で出してくるなんて······しかも、先程のあれは、)  赤い瞳がほんの一瞬だけ光を帯びたのを、翠雪(ツェイシュエ)は思い出す。 (まさか、魔眼の持ち主とは。しかしなぜ私にそれをわざわざ見せたのか、)  おそらく、だが。  この第七皇子は"駄目皇子"だとか、"落ちこぼれ"と名高い。けれども、それはこの皇子の本来の姿ではないのだろう。何があったかは知らないが、力を隠して生きている。  そうやって生きてきた、のだろう。しかも魔眼ときた。魔眼は持ち主によってその能力は違うらしいが、かなり特殊な体質といえる。  彼は確かに言っていた。『視ている(・・・・)』と。 「こういうのは、考えても仕方ありませんね。後は運に任せましょう」  翠雪(ツェイシュエ)は手の中の賽子を、特に執着することもなく適当に(ほう)った。それはバラバラの回転数で転がると、ついにその動きを止めた。 「六と五。僕の勝ちだね!」 「ふふ、私の負けですね。君は、色んな意味ですごい子ですね」  ふう、と嘆息して素直に負けを認めた翠雪(ツェイシュエ)は、先程まで見せていた含みのある笑みとは全く違う、はにかんだような可愛らしい笑みを浮かべ、藍玉(ランユー)を褒め称えた。  その笑みに、大好きだった桃李(タオリー)の面影を見た藍玉(ランユー)は、思わず何も考えずに口から言葉が零れる。 「翠雪(ツェイシュエ)さん、僕と友達になって!」  は?と碧雲(ビーユン)翠雪(ツェイシュエ)は、声が綺麗に重なるようにほぼ息ぴったりに、間の抜けた声を出す。 「ちょっ····何考えてるんですか!」 「碧雲(ビーユン)はちょっと黙ってて。僕、あなたと友達になりたい!いいでしょ、翠雪(ツェイシュエ)さん」 「と、言われましても······、」  本気で困った顔をして、翠雪(ツェイシュエ)はその真っすぐで曇りのない瞳に圧倒される。  立ち上がって机に両手を付き、身体を前のめりにして覗き込むように迫ってくるので、思わず後ろに退きたくなってしまう。机を挟んでいるおかげでそれ以上は近づけないだろうけど。 「それに!さっきの話の続き。あなたが僕たちが勝った時の条件を口にした時に、誤魔化したこと。あなたは、僕たちが勝った時のことしか言わなかったでしょ?」 「あ、確かに」  碧雲(ビーユン)も最初の会話をよくよく思い出してみたら、そんな気がしてきた。  こちらが勝った時は妃嬪(ひひん)である夜鈴(イーリン)の中の蟲を、あらゆる手を使って解毒すると誓った。時間はかかると、説明もしてくれた。  しかし、自分が勝った時の要求に関しては、なにも言っていなかったのだ。 「ここが黑蝶(ヘイディェ)殿で、僕が第七皇子だとわかった時点で、あなたの興味は別のモノに変わったんだね」 「正解です。あなたが第四皇子でないことはすぐにわかりましたし、見た目やその風格的にも第一皇子でもないと確信しました。あえて確認の意味で訊ねましたけどね。魔族の年齢は見た目では判断できないと言いますし」  大扇を畳み、翠雪(ツェイシュエ)は満足そうに頷いた。 「あなたもわかった上で、私にその"魔眼"の力を見せてくれたのでしょう?」  ふたり、わかり合ったかのように見つめ合う中、碧雲(ビーユン)はずっと「?」が頭の上に付いている状態だった。魔眼の力を見せた?いつ?他人には頑なにその力を知られたくないと言っていたのに? 「あなたを、信頼できる(・・・・・)と思ったから」  その言葉を聞いた時、翠雪(ツェイシュエ)は色んな意味でこの皇子に負けたと、心の底から思うのだった。

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