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2-17 それぞれの道
遠ざかる町を背に、三人はのらりくらりと歩いていた。
「そういえば行き先、何にも考えてなかったね」
紅玉 は弾むように歩きながら、先頭を行く。くるりと後ろを歩くふたりを振り向いて、うーんと首を傾げた。青々とする木々が点々と続く道は、途中で二手に分かれていた。西と東。どちらにも大きな都が存在する。
「西へ続く道か、それとも東に続く道か····もちろん、西だよね!」
「駄目に決まってるでしょう」
「馬鹿なこと言わないでください」
紅玉 の意見に対し、碧雲 も翠雪 も平静に答える。本音はふたりとも「言うと思った」という気持ちからだったが、こういう時のふたりの意見は、間違いなく一致するようだ。
趙螢 があんなことを言った時に、こうなるだろうと思っていたが。
「紅玉 様、この五年間、なんのために鬼谷で身を隠していたと思っているんですか? 大王様や他の皇子たちに勘付かれないようにするためでしょう?」
はあ、と嘆息して碧雲 が問いかける。
「西の地に魔族の皇子が派遣されているのなら、かなり大規模な侵攻になるでしょう。あの辺りは白露 峰と黎明 山が率いる有名な門派が多く、彼らが結託して事に当たると思いますが、双方大きな被害が出るのは目に見えています」
大扇で扇ぎながら、翠雪 は眼を細める。正直、魔族の数によってはかなり不利な戦いになるだろう。戦略を間違えれば、その侵攻を許すことになりかねない。そんな危険な場所に紅玉 を連れて行くわけにはいかない。
「ということで、西は却下。私たちは東に行くのが良いでしょう」
そしておそらくだが、暁狼 は西に向かったような気がする。魔族が大勢集結するなら、彼にとって好都合だろう。
しかも魔族の皇子が率いる部隊なのだとしたら、行かない理由がない。だからこそ、余計に西は避けたいと思った。
「わかった······翠雪 に従うよ」
むぅと頬を膨らませて、完全に納得したわけではないだろう紅玉 が渋々頷いた。そんな様子を見て、さらに碧雲 が納得していないという顔をしている。
どうして自分の意見は聞かないのに、翠雪 の意見は聞くのか。解せん、と心の中で毒づく。
「あ、そうだ。趙螢 さんから貰った琥珀と、暁狼 兄さんから買ってもらった可愛い箱、母上に贈りたいんだけど、」
袖からそれぞれを取り出し、綺麗な琥珀を小さな箱の中に納める。自分が持っているより、やはり夜鈴 に贈りたいと思ったのだ。と言っても、どちらも他人から貰った物なのだが····。
「わかりました。陽 、近くにいますか?」
翠雪 は陽 の名を呼ぶ。はいはい、とどこからともなく狐鬼面の白装束の少年が現れ、彼の後ろに気だるそうに佇んでいた。
紅玉 が駆け寄り、お願いします! と言って陽 に手渡すと、確かに承りました、とのんびりとした口調で答える。
「ついでに夜鈴 様には、紅玉 はちゃんと良い子にしているのでご心配なくと、伝えてください」
「はいはい、そのように伝えときます。間違っても変なことに自ら首を突っ込んで、危険な目に遭ってたなんて、言えませんもんね」
「はい、よろしく頼みますね」
ふたりの会話を黙って聞いていた碧雲 は、間違ってもその通りに言うんじゃないぞ! と心の中で突っ込む。夜鈴 の蠱毒は中和されてると言っても、まだ本調子ではないのだ。そんな時に更なる心労を与えるわけにはいかない。
「ふたりとも、僕の事なんだと思ってるの?」
ますます膨れた顔で紅玉 が不貞腐れる。まあ、ある意味それは真実でもあるのだが。陽 が景色に溶けるように消え、再び三人だけになる。
「じゃあ、行こう、東へ!」
気を取り直して、紅玉 がふたりの前を歩き出す。弾むように歩く紅玉 の後を、碧雲 と翠雪 が並んでついて行く。この先になにが待っていても、この三人なら大丈夫だろう。
次なる目的地は、東の地。
途切れない会話の中心は、もちろん紅玉 で、続く道の先は平原。町の方へと歩いて行く行商人たちと度々すれ違う。数日歩き続け、野宿をしつつ、三人はとある村へと辿り着いた。
そこで待っていたのは、新たな問題で――――。
三人はもちろん、その厄介事に首を突っ込むことになる。
******
西の地で、魔族の動きがあると耳にした暁狼 は、次の目的地を西の都に決めた。血だらけだった道袍は着替え、再びひとりの静けさに慣れてきた頃だった。森を抜け、分かれ道を西に進む。
左の袖を探り、目当ての物を握り締めると、胸の辺りで手の中のそれを見つめる。そこに在る小さな紅い玉の付いた耳飾りを摘まみ上げ、少し考えた後、自分の右耳に付ける。
捨ててもいいだなんて、そんなわけがないだろう。自分の母親の大切な物。なぜそんな物を託すのか。いい迷惑だ。
小さい物なので、万が一失くすと後味が悪い。なので、耳に飾っておいた方が良いと思ったのだ。軽く締め付けられるような感覚に最初は慣れなかったが、しばらくするとなんとも思わなくなった。
(西の地に、魔族の皇子が率いる部隊が侵攻していると聞いた。もしあの時のあいつなら、好都合だ。違ったとしても、構わない。魔族を殺せれば、それでいい)
けれども紅玉 の言葉が、頭から離れない。
『少しだけでいいから、考えて欲しい。本当にあなたには復讐しかないのか』
復讐。
それは、自分が生きるための言い訳。
『こんな悲しいやり方······兄さんの心がもたないよ』
そんな風に、真正面から言葉を向けてくれた者など、今までいなかった。
あんな姿を見れば、皆が皆、逃げ出した。悍ましい光景に顔を歪ませた。それなのに、紅玉 だけはそうしなかった。
『あなたがダメって言っても、もう遅いよ』
兄さん。
そんな風に呼ばれることを、どこか心地好いと思っていた?
そんなはず、ない。そんな資格も、ない。
彼の言うように、もし再び出逢えたなら、その答えは自分の中で納得できるだろうか。違う生き方など、存在しない。赦されない。それでも。
(あいつを見つけ出してこの手で殺したら、俺の復讐は終わるのか? 今まで関係のない妖魔や魔族をこの手で葬り去っておいて、今更、終われるわけないだろう? 目の前の魔族を殺し続けるか、俺が死ぬか、そのどちらかに決まってる)
漆黒を纏った時から、決めていた。
戻れないことも知っている。
それでも、少しだけ考えてみようとも思う。復讐以外に生きる道がないのか。考えた上でそれしかないのなら、突き進むしかないだろう。
この手はもう、汚れきっている。
冷淡な表情を浮かべ、暁狼 は歩き出す。西へ。そこに集まる魔族を殲滅するために。復讐を成し遂げるために。
晴天の空の下、ひとり、孤独な旅路を行く。
その先で待っているのは、希望かそれとも絶望か。それでも、生き抜くために殺す。
たとえ最後のひとりになったとしても――――。
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