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第3話

 ――やっべえ。  と、内心立川は思っていた。  こちらを見下ろす日野の顔は、見たことのないほどの怒気をまとっているように見えた。一度喧嘩をしたときの非ではない。  ごくり、と立川は唾を呑み込む。ネクタイをほどき終わった日野は、「日和ってるのか?」とこちらを煽り返してくる。 「まさか」  立川は笑い飛ばしたが、日野の顔を直視することができず、目をそらしていた。それほどの迫力だった。強い力で手首を握られ、逃げ場はどこにもない。  一度どこかへ行った欲情は、日野から舌を入れられると同時に、すぐに戻ってきた。二人で貪り合うようなキスをしながら、お互いの体を撫であった。思わず漏れる甘い声は、あえて殺さなかった。それが男を悦ばせるということを、立川はよく知っていた。  一方で日野は、荒い吐息すら取り繕おうとしているようだった。それが立川には可笑しくて、愛おしかった。  気づくと立川の着衣はYシャツ一枚だけになっていた。後ろのほぐし方は立川が教えた。男を受け入れるのは久しぶりだった。最後はいつだっけ、とぼんやり考えているうちに、ぐ、と異物感が体内に押し寄せてきた。指とは比べ物にならない質量。最初はただの違和感だったそれが、次第にじんわりとした快楽に変わる。  肩で息をする。開いた足が所在なく揺れる。険しい顔をした日野と目が合う。繋がったまま、何度目かわからない深いキスをした。少しずつ、動き出す。立川のくぐもった声は、二人の口が離れると、より明瞭な音になって、狭い部屋に響く。 「あっ……はあっ、」  いいところを突かれて、思わず喉がぴんと反った。握れるものを探して宙を泳いだ手を、日野の骨ばった手が捕まえた。指の間に指を割り入れられる。息を弾ませながら、立川は薄く笑う。 「ヒノちゃん、は、ヤッてる時に恋人つなぎとか、しちゃう、タイプっ、なんだ?」  日野は顔をしかめたままだ。それがおかしくてますます笑うと、抗議のつもりか、ぐん、とストロークが深くなった。 「あ゛っ」 笑顔を保っている余裕がなくなり、立川はぐっと眉を寄せる。 「……その顔のほうが、いいな」  今度は日野が笑う番だった。調子づいたのか、動きがどんどん深く、速くなる。快楽の分だけ、手を握る力は強くなる。  普段の日野の落ち着いた印象とはまるで違う、どこか獣じみた、内臓ごと貪り食われるような時間だった。 「ヒノちゃ、ぁ、」 「なんだ、もう降参か?」 「ちがっ、やばい、かも」  汗が目に入って、視界が白く濁る。呼吸と嬌声の区別がつかなくなる。日野がぐっと上体を近づけてくる。顔が耳のすぐ横に来た。吐息の隙間で「立川」と呼ばれた時、唐突に限界が来て、立川の眼前で閃光がはじけた。  身体がこわばり、中心がぎゅうっと収縮した。遅れて日野も、小さく声を漏らしたきり、立川を強く抱きしめて、動きを止めた。どく、どく、と脈打つ感覚。達した余韻と、酸欠のせいで頭がぼうっとする。立川は何も考えずに日野をぎゅっと抱きしめ返した。  やがて、日野がゆっくりと身体を起こした。キスをひとつ落として、体温が離れていく。もの寂しさを感じながら、立川は力なく寝がえりを打った。身体にまとわりつく汗の存在が、今になって急にしつこかった。 「けっ、引き分けかあ」  日野が持ってきた水を飲みながら、立川は唇を尖らせた。 「お前の方が少し早かった。だからお前の負け」 「ほぼ同時だったじゃん。ていうか、そもそも最初に俺に負けて理性ぶっとばしたんだから、そこはヒノちゃんの負けじゃない?」 「そういうことにしてやる」 「うわ、張り合いねえなー」  立川がぶつぶつ文句を言っていると、「……やりすぎたか?」と日野がぽつりと聞いた。  その声はどこか申し訳なさをはらんでいたが、立川には逆に挑発のように聞こえた。 「あら、何言ってんの? 余裕っすよ余裕。そっちこそ、まだいけるよな?」  立川は挑戦的に眉をあげた。

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