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ep2. 完璧皇子が一緒に寝てる
遠くで誰かが奏の名前を呼んでいる。
何度も、何度も。甘いような、切ないような、そんな声だ。
(もう朝か。また夜中までゲームしちゃったのかな、俺)
寝返りを打った耳に、柔らかい何かが触れた。
「カナ……、カナデ。わかるか? 俺の声が聞こえるかい? 早く目を覚まさないと、耳を舐めるよ」
聞いたことがあるイケボが、耳元でしゃべっている。
物騒な言葉が聞こえて、反射的に目が開いた。
(なんだ、これ。天蓋付きのベッド? やけに洋風じみた部屋だな)
辺りを見回したら、人が目に入った。
同じベッドの中に、もう一人、人がいる。
整い過ぎた顔立ちが奏を眺めている。前をはだけたシャツからは、引き締まった体が惜しげもなく露になっている。
そんな男が、カナデの隣で寝ている。正確には、カナデを腕枕して添い寝している。
「………………セス?」
呼んでいいか、迷った。
本来、会うはずのない、実在するはずのない人物が目の前で息をしている。
状況が全く理解できない。
「良かった。やっと目を開けてくれた。もう二度と、会えないかと思った」
泣きそうに歪んだ顔が迫って、カナデを強く抱き締める。
あまりの状況に抵抗も出来ず、されるがまま抱き締められていた。
(なんだ? なんなんだ? これってどういう状況? 夢とか?)
突然、どくん、と心臓が大きく跳ね上がった。
鼓動が徐々に早くなっていく。体が火照りを増して、腹の奥が疼く。
(なんだ、これ。体がおかしい。苦しい。なのに……)
腕が無意識に伸びて、セスティの体を引き寄せる。
(頭の芯が、痺れ、て……、セスに触れたくて、仕方ない。我慢できない)
火照った体が火を噴きそうに熱い。心臓の鼓動が早くて、壊れてしまいそうだ。頭にまで熱が回って、思考がうまく回らない。
「……セス」
名前を呼んだ時には、求めていた。
セスティの熱い吐息が唇にかかって、もっと熱を求める。もっと近くに、セスティの熱を感じたいと、体が疼く。
唇が重なる直前で、セスティが動きを止めた。
顔を逸らして、カナデの体を抱き締めた。
「カナ、俺は……」
カナデの肩に顔を埋めるセスティの体は、小さく震えている。
「本当は気付いていたんだ。幼い頃、男の子の姿をしたカナに偶然、会った。あの時のこと、カナは覚えているか?」
頭の中に、知らないはずの光景が浮かぶ。
多彩に咲き誇る薔薇園で、カナデは絵画のように美しい男の子と出会った。
「王城の、薔薇園? 確か、七歳くらい」
知らないエピソードが口を吐く。
セスティが頷いた。
「あの時、俺は感じ取ってた。だけど、気付かない振りをしたんだ。カナは病気で男の姿になるだけの女の子でベータで、運命の番になるはずがない相手だったから。気のせいだと、言い聞かせていた」
セスティの腕の力が強くなる。体が密着して、セスティの熱が肌に溶ける。気持ちが良くて、それだけで嬉しい。
セスティの話の内容が、うまく頭に入ってこない。
「もしあの時、それを誰かに話していたら、あんなことにはならなかった。カナを危険な目に遭わせることも無かったんだ。ごめんな、カナ」
カナデの体を抱き締めるセスティの腕に力が籠る。
セスティの大きな手が、カナデの髪を撫でる。
一つ撫でられるたびに、体が熱くなる。幸福感で満たされる。
「謝らなくて、いいよ。俺は今、セスに抱き締めてもらえて、幸せだ」
熱に浮かされた頭が、無意識に言葉を口走る。
セスティの背中に腕を回して、ぎゅっと抱き寄せた。
ぴくり、とセスティの体が跳ねた。
顔を離して、頬に軽くキスを落とすと、セスティが体を離した。
「けど、ダメなんだ。俺たちは、番にはなれない。こんなにも愛しているのに、カナが本当は男だって、やっとわかったのに」
苦悶の表情で、セスティが目を伏す。
「どうして? 俺はもっと、セスと一緒にいたいよ?」
今、この瞬間の感情だけが、カナデの中で膨らんでいく。
目の前にいるセスが欲しい。それだけが、頭の中を支配する。
「カナデはオメガだ。この国では男女ともにオメガは希少な存在で、生まれたら『儀式』で神様に献上するのが習わしだ。俺たちが《《間違った》》のは、そこだったんだよ」
(間違い? 『儀式』? オメガ……。おかしいな。これって乙女ゲームで、オメガバース設定なんてないはず)
なけなしの思考で考える。
夢の中で、自分に都合よく話を作り替えているのだろうか。
(俺、リアナが好きだと思ってたけど、セスに惚れてたのかなぁ。鈴城に何も言い返せないな)
そんなことを考えて、カナデはセスティに腕を伸ばした。離れようとする顔を手で包んで、顔を近づける。唇に触れるだけのキスをした。
「今はこのまま、一緒に寝て……」
セスティの胸に顔を埋める。
「カナ……、そんな真似されたら、引き返せなくなる。俺だって本当は、カナが欲しくて堪らないんだよ」
セスティの腕が背中に回る。
撫でてくれる手が心地よくて、カナデはまた眠りの淵に落ちていった。
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