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ep3. 最推し令嬢は怒りっぽい

 パァン、と風船が割れるような音がして目が覚めた。  ぼんやり目を開けると、セスティとリアナが向き合って立っていた。 「これほど理性の弱い殿方だとは、思いませんでしたわ。王族が自ら国を滅ぼす行為に及ぶなど、愚の骨頂ですわね」  どうやらさっきの派手な音は、セスティがリアナに平手を喰らった音だったらしい。 片頬を抑えたセスティが情けない顔で俯いている。 (あれ? まだ夢の中なのか? 長い夢だな)  呆然としたまま、カナデは二人のやり取りを眺めていた。 「項を噛んだりはしていない。手も出していないよ。カナが震えていたから、抱き締めて眠っていただけで」 「当然ですわ。カナが戻ったのなら、その時点で私を呼ぶべきですのに。朝まで添い寝だなんて、一体どれだけ御目出度い頭をしていらっしゃるのかしら」 「夜中に君のような高貴な令嬢を呼び出すわけには、いかなだろ」 「事が事なのですから、時間など考えていられませんわ。カナと添い寝したかっただけの言い訳ではなくって? 戻った先がセスのベッドでなかったら、私にだってチャンスはありましたのに!」 「リアだって不純なことを考えているじゃないか!」  地団太を踏む勢いのリアナに、柄にもない表情で怒鳴るセス、二人ともゲームの中ではありえない行動だ。 「とにかく、セスは着替えていらして。だらしない格好でいてはカナにがっかりされますわよ。あとは私がカナを看ていますから」  ふん、と顔を背けられて、セスがしょんぼりと肩を落とす。そのまま部屋を出ていった。  リアナが振り返り、ベッドサイドに寄る。  思わず目を瞑った。 「カナ? もしかして、起きていらっしゃる?」  耳元で囁かれて、ドキリとする。  リアナの吐息が触れて、身震いしてしまった。仕方なく、カナデは目を開けた。 「お、おはよう、リア。もう、朝なんだな」  何と言っていいかわからず、とりあえず挨拶する。 「おはようございます、カナ。今のセスとのやり取り、全部見ていらしたのかしら?」  にっこりと笑みを作られる。迫力があって、怖い。  誤魔化す言葉も見つからず、カナデは肩を落とした。 「えっと、うん。観てたよ、ごめん」 「なら、お話が早いですわね。本当に、何もされていないのかしら? 運命の番だというのを良いことに、大切なものを奪われてはいませんわよね」 「大切なもの……」  そういえば、自分からキスした気がする。あれは夢だと思っていたし、何なら今も夢の中だと思っていた。  けれど、リアナの吐息も存在感も夢にしてはリアルすぎる。 (いや、さっきのセスとのアレは、夢だったかもしれないよな)  思わず顔まで布団を被った。唇に感じたセスの熱は、ほんの一瞬だったが、妙にリアルだった。 「何もされてないよ。大丈夫、俺、男だし」  被った布団をはいで、リアナがカナデに迫った。 「男でも女でも危険ですわ! カナはオメガなのよ。セスはカナの運命の番なのだから、受け入れてしまうに決まっているわ!」  リアナの必死の形相に、慄く。  そんな、貞操観念のない男子、みたいに言われると流石に傷つく。しかも、最推し令嬢に言われると悲しくなるものだ。 「本当に何もない。体は、その、綺麗なままだから。とりあえず、信じてほしい」  あのキスは無かったことにしようと思った。少なくとも今は、話すべきじゃない。それにしても、男の自分が言う言葉ではないなと思う。 「仕方がないから、今は信じてあげますわ」  あまり納得していない顔のリアナだが、とりあえずは引き下がってくれた。カナデの表情を眺めて、ベッドに腰を下ろした。 「起き上がれるなら、この薬を飲んでちょうだいな。オメガの発情を抑える薬ですのよ。カナにもセスにも、必要なものですわ」  起き上がると、小瓶を手渡された。  装飾が美しい、如何にも魔法の世界に存在しそうな瓶だ。  ふとリアナを眺めると、悲しそうな顔をしていた。 「本当は、二人が添い遂げられるのが一番、良いのよね。私だって、本当はそう思っていますのよ。だけど、それじゃぁ、この国は」  リアナが言葉を詰まらせる。  涙が流れているのに気が付いて、慌てた。 「リア? なんで泣いてるんだよ。リアはセスの婚約者だろ? リアとセスが一緒になる方がいいに決まってるだろ」  狼狽えるカナデを、リアナが見上げる。 「私たちは家同士が決めた婚約者に過ぎませんわ。もし、カナがオメガじゃなかったら、婚約者はカナでも良かったのですよ。むしろ本当は、オメガだからこそ、婚約者であるべきなのだわ。それなのに」  何かを言いたそうにして、リアナは言葉を飲み込んだ。  とても悔しそうな表情をしているように見える。 「いいから早く、その薬をお飲みなさい。飲み終えたらカナも着替えなさいね。男性用の服を準備させますわ」  リアナがベッドから立ち上がる。  少しだけカナを振り返って、悲し気に笑った。 「もう、私とドレスの交換は、できませんわね。ちょっとだけ残念ですわ」  リアナの表情が胸に突き刺さる。  最推し彼女の悲しい顔を見たから、という理由だけでは収まらない辛さが、カナデの胸に沈んでいた。

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