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ep5. 貴族社会は怖い
謁見の間に通されたカナでは、只々圧倒されていた。
長く真っ直ぐに伸びた赤い絨毯、その先の高い場所には玉座があり、王と王妃が座している。
一段下がった王のすぐ傍には宰相が立ち、両脇には近衛兵が控える。近衛兵の後ろには恐らく貴族であろう人々が顔を揃えていた。
ティスティーナ侯爵も、恐らくあの中にいるのだろう。
如何にも洋風ファンタジーに出てくる王との謁見の場面だ。
(あの乙女ゲでも、『儀式』に望む前に、こうして王様に謁見したなぁ)
画面の中で見るよりずっと迫力があって、気圧される。
隣にセスティとリアナとマイラが立っていなかったら、きっと泣いてる。
(黙って頷いていればいいって言われたけど、それで終わるのかな。終わるといいな)
何を聞かれても、今のカナデには答えようもない。本当に、他の三人頼りなのだ。
「それではこれより、カナデ=ティスティーナ、マイラ=カルティ=クロシュキャス両名の帰還に伴う報告を執り行う。両者、前へ」
宰相のローリス=プレリシアの声は良く通る。ゲームでも良い声だなぁと思っていた。メガネをかけた長髪に細身は、如何にも文官といった容姿だ。
マイラに突かれ、カナデは一歩前に出た。
周囲が俄かにざわついた。どうやら、カナデの容姿について噂されているらしい。
(ここでは女の姿で過ごしていたらしいし、驚かれるのも仕方ないか)
チラチラと周囲を窺っていると、マイラが顔を上げて話し始めた。
「ご報告いたします。『儀式』の失敗により異世界に飛ばされたカナデ=ティスティーナの行方を追い、探し回った結果、日本という魔法が皆無の国でその姿を発見、保護し、母国へと召喚いたしました」
先ほどよりも大きなざわめきが周囲より漏れ聞こえる。
「魔法がない国など、存在するのか」
「神様がお怒りになったのでしょう。何と恐ろしい」
「良く戻って来れたものだ」
聞こえてくる声は、あまり良いものではない。
(儀式に失敗した? ゲームの中じゃ、一度も失敗なんかしてないのに。あ、でも、キルリスルートの儀式だけ、なんか違った)
玉座に坐した少年。あの姿を見た途端、得も言われぬ感情が湧き上がった。その瞬間に、カナデはムーサ王国に戻った。
「カナデは異世界転移の影響で記憶を失くしており、この国での己の役割も覚えておりません。また、性別は男に戻っており、この国に戻っても男のままです。報告は以上です」
マイラが後ろに下がったので、カナデも倣って下がった。
「覚えていないだと? 何と無責任な」
「失敗の原因はティスティーナ家だと聞いているぞ」
「責任は、どう取るつもりなのだ」
漏れ聞こえる声に、ドクリと心臓が下がった。
(『儀式』の失敗は、俺のせい? どうして……。何も覚えてない)
「お静かに。前回の『儀式』について、振り返らせていただきます」
宰相ローリスが咳払いする。謁見の間が水を打った夜に静まり返った。
「二年前の『儀式』において、参加したメンバー七名のうち、四名が行方不明、三名が帰還を果たしました。現時点でも二人が行方不明のまま、一人は昏睡状態が続いています」
カナデの顔はいつの間にか俯いていた。
(そんなに酷い状態だったのか。『儀式』って、神様の前で神事を行うだけじゃないのか? どうして、そんなことに)
少なくともゲームの中では、音楽を奏で舞を踊って、時に歌を歌い食事を備えて終わっていた。そういう、危険のないイベントだと思っていた。
「この『儀式』の際、神様より啓示がありました。三年後、同じメンバーでもう一度『儀式』に望むように、と。神様が提示された三年後は、今年です」
ローリスの言葉が終えるのを待って、国王が口を開いた。
「あの『儀式』の失敗は、誰にも予測できなかった。しかし、犯してはならぬ罪をティスティーナ家は犯した。そうだな、ショウマ」
国王の目が宰相の後ろに向く。
一歩前に出た男性が、深々と頭を下げた。
「我が次男、カナデ=ティスティーナを女のベータと偽り続けました罪を深く反省し、謝罪いたします。カナデは生まれながらに男でありオメガでありました。薬を使い性別を変えたまま儀式に望みました罪は償えるものではありません」
一段と大きなざわめきが、部屋の中に溢れた。
「やはりオメガの噂は本当だったのか。神に献上すべき身を隠すとは、恐ろしい」
「だから、神が怒りを露になさったのだ。何たる不敬か」
「この国に災いが降りかかる。今度こそお終いだ」
怒りの声も怯えの声も、すべてが耳に入ってきた。
「通常の『儀式』であれば、神事を終えれば帰還できる。だが、献上するオメガとなれば、二度と国元へは戻れぬ。我も子の親だ。気持ちは解するが、王として、ティスティーナ家の罪を見過ごすことはできぬ」
国王の言葉に、ショウマ=ティスティーナは更に深く首を垂れた。
「どのような罰も受け入れる所存です」
その姿を見て、カナデも頭を下げずにはいられなかった。
(鈴城が言っていたのは、こういうことか。あの人は、カナデの父親は、自分の子を護りたかったんだ)
カナデの隣に立っていたセスティが、一歩前に出た。
「次の『儀式』こそは、必ずや成功して御覧に入れます。この国の災いは、今度こそ我らが払ってみせましょう。カナデは男の姿で次の『儀式』に臨みます。ティスティーナ家には、どうか寛大な御配慮を願います」
必死に訴えるセスティを見上げる。その顔には強い焦燥が浮かんでいた。
(セスが俺や俺の家のために訴えてくれているのに、俺は何もできないんだな)
「廃嫡だろう。ティスティーナ家は終わりだ」
「王家に次ぐ長い歴史を誇るティスティーナ家も、落ちぶれたものだ」
「没落ね。当然の処遇だわ」
漏れ聞こえる声に、カナデの手が震える。
(親が子を守ろうとした。それだけだろ。今時、生贄なんて古すぎてどうかしてる)
確か、ティスティーナ家にはもう一人、子供がいるはずだ。長いこと子ができなかったティスティーナ夫妻は、跡を継がせるため養子をとっていた。その後になってカナデが生まれて、養子はカナデにかなり気を遣って生きていた。
(ソウリって言ったっけ。血の繋がらない兄さん。その人がいれば、ティスティーナ家はなくならない)
カナデは顔を上げ、国王に向き合った。
「国王陛下、発言する無礼をお許しください。私がオメガとして献上されれば、次の『儀式』は成功するでしょう。国のため、神の福音をセスティ皇子に持ち帰らせて御覧に入れます」
真っ直ぐに向き合った奏の顔を、国王はじっくりと見詰めている。隣に座す王妃は涙を流していた。
「カナデよ。我が子同然に見守ってきた其方の今の姿、実に立派だ。次の『儀式』が成功すれば、ティスティーナ家の罪は不問としよう。気を引き締めて挑むように」
カナデは頭を下げた。
「国王陛下の寛大な御心に感謝いたします。必ずや御期待に応えて御覧に入れます」
周りからは良くない声が漏れ聞こえる。しかし、今のカナデには、これくらいしかできることがない。
(まともに喋れてよかったなぁ。てか、とんでもないこと言っちゃったなぁ)
自分から死刑宣告を受け入れたようなものだ。あのまま日本にいたほうが安全だったとさえ思う。
(勢いって、怖いな)
既に自分の言葉を後悔していた。
「残りの仲間の所在を捜し、アルバート皇子殿下を目覚めさせてくれ」
国王陛下の言葉に、カナデは顔を上げた。
(そういえば、結界師のアルは交換留学で来てる他国の王族だったな。昏睡状態になってるのって、アルか)
アルバート=オーラ=フォーサイスはゲームにも登場していた攻略対象だ。ユグドラシル帝国の王族で第一皇子、時期が来れば王位を継ぐ人物だ。ムーサ王国としても、昏睡状態のままにはしておけないだろう。
「国王陛下の御心のままに」
ゲームの中に出てきたセリフや仕草を思い出して、カナデは礼をして見せた。
それに続き、セスティとリアナとマイラが礼をして、報告の儀は終了した。
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