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ep12. 最推し令嬢は誰が好き?
目覚めたアルバートは全身のチェックと魔力の核の確認とやらで治癒術師たちに連れていかれた。本人は元気そうだったが、解放されるのは明日以降になるらしい。
一体どうやって目覚めさせたのかと聞かれたが、カナデは上手く答えられなかった。
代わりに質問に答えてくれたのは、意外にもリアナだった。
「魔力封印と身体拘束魔法は呪術に近い封印魔法でしたわ。呪術を解呪した後、アルバートの魔力が吹き出してきたのを、治癒術で戻して収めましたの。ティスティーナ家の治癒術でなければ成し得ない反転魔法でしたわ」
何を話しているのか半分もわからなかったが纏めると、
「カナデでなければ出来ない治癒術だった」
ということらしい。
「呪術や呪詛を解呪できるのは巫の家系だけですけれど、私では何の反応もありませんでしたのよ。それに、アルの魔力があのまま流れ出ていたら、恐らく死んでいましたわ。カナでなければアルを目覚めさせることはできませんでしたわ」
同じ巫の家系であるノースライト家の令嬢リアナが、この二年、何も試していないはずはない。リアナの言葉には重みがある。
リアナに褒められて嬉しいものの、あまり実感が湧かない。
「わかってやったわけじゃ、ないからな。偶然できちゃったって感じで」
照れるような申し訳ないような気持になる。
リアナがカナデの手を握った。
「それでいいのですわ。今のカナは、それで十分ですのよ。記憶がなくてもこれだけの魔法が使えるカナは、私の誇りでしてよ」
優しく微笑むリアナの顔が近い。
(やばい、近い、可愛い。俺、やっぱりまだリアにときめく)
何せ、この世界に来る前のゲームの最推しはリアナだった。
真っ直ぐに顔を見られなくて、目が泳ぐ。華奢な指に握られた手が、どうしていいかわからずに開く。
「相変わらず仲良しだにゃぁ」
二人の姿を眺めていたマイラが半笑いしている。
「当然ですわ。私とカナは血が繋がらない姉妹みたいなものですもの。男であろうと記憶がなかろうと、変わりませんわ」
ふん、と鼻高にリアナが公言する。
(ドレスの交換がどうとか言ってたっけ。服を貸し借りするくらいには仲が良かったってことだよな)
行きの馬車でセスティが三人は幼馴染だったとも教えてくれた。
(ゲームの中の悪役令嬢リアナは、主人公にキツく当たるけど、真面目ゆえに注意しているって感じで、むしろ俺は愛を感じていたんだよな)
この世界でもリアナはいつもセスティを注意して叱っている。もし自分がその輪の中にいたんだとしたら、きっとセスティと一緒に叱られていたに違いない。
セスティやリアナとの関係性が少しずつ立体的になってきた気がして、嬉しくなった。
「でも、だからこそ、後悔していますわ。カナを『儀式』に巻き込んでしまったこと。元はといえば、私のせいですもの」
俯いたリアナに問い掛けようとしたとき、セスティの手が割り込んだ。
リアナの手を握って、自分の方に引き寄せる。
「今日はリアを送って帰るよ。たまには婚約者らしいこともしないと、怪しまれてしまうからね」
いつもの隙のない笑顔で手を振ると、セスティはリアナと共に馬車に乗り込んだ。
遠ざかっていく馬車を見送って、カナデはマイラと目を合わせた。
「私らも、帰ろっか」
普通に言われて、普通に馬車に乗り込む。まだこの世界に慣れないカナデのことは、マイラが送り届けてくれるらしい。
馬車に揺られながら、どう切り出すべきか考えて、マイラをチラ見する。
挙動不審ながら無言のカナデを眺めていたマイラが、仕方ないといった顔で口火を切った。
「あの乙女ゲの『儀式』のシーン、覚えているかにゃ」
「え? うん。キルリスルート以外なら、プレイしたけど」
キルリスルートの『儀式』の場面で、カナデはこちらの世界に飛ばされた。それ以外のキャラの『儀式』イベントは、神事を終えて、何の問題もなく王都に帰還する。
「だったら、参加した巫は一人だけだったでしょ?」
「言われてみれば、確かに……」
どのルートの『儀式』でも、選ばれた巫は主人公だけだった。
しかし、この世界の『儀式』にはリアナとカナデ、二人の巫が参加している。
「本来、一人の巫で行う『儀式』に舞踊と楽師、二人の巫で参加しようって提案したのは、リアだったんだよ。 『儀式』に参加した巫の家は箔が付くからね。自分がセスの婚約者になっちゃったこと、申し訳なく思ってたんじゃないかな」
「? どういうことだ? 幼馴染なのに抜け駆けした、みたいなことか?」
マイラが考え込んだ。
「それもあるかもだけど、家絡みかなぁ。義兄と婚約してティスティーナ家次代当主が決まっていたカナには選択肢がなかったから。せめてものリアの気遣い的な? まぁ、提案が貴族院を通過しちゃったのが一番の問題だったと思うけどねぇ」
確かに、その通りだと思う。
国を挙げての神事で特例が通ってしまったのには、ノースライト家やライガンドール家という王族や高位貴族の力が十二分に働いたと考えて間違いない。
「俺って、女だった頃からセスのこと好きだったの?」
何となく気になった。そうであってもおかしくないと、今なら思う。
「逆だよぅ。セスがカナのこと好きだったんだよぅ。そこはわかってあげてよ。カナがどう思っていたかは、私にはわかんなかったなぁ」
マイラが懐かしそうな顔をする。
その頃の自分が、気付かれないくらい自分の気持ちを隠していた可能性もある。リアナの立場を考えたら、自分の気持ちは、本当なら今でも隠したい。
「あの、さ。リアには好きな人とか、いたりしない、よな? リアはやっぱりセス一筋だよな?」
ゲーム通り、セス一筋であってほしい。予定通り、カナデが神様に献上されれば、セスティとリアナは結婚するのだ。そうでなくても、カナデがソウリと婚約している以上、現状は動かない。
マイラが目を伏して黙した。お口チャック、みたいな仕草をして見せる。
「何だよ……、何だよ、それ! リアって好きな人、他にいるの? あの乙女ゲではセス一筋だっただろ!」
マイラが、プイと顔を逸らした。
「確かにそうだったけど、全部をこの世界とリンクさせては作れないにゃ。九割方あってる、とだけ言っておこう」
「何がどう合ってるのか、全然わかんねーよ!」
それ以降、マイラが貝になった。
それから家に就くまで、何度も問いただしたが教えてはもらえなかった。
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