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ep15. 仲間を探す旅の始まり

 アルバートが目を覚ましてから約一カ月後、カナデたちは乗合馬車に揺られていた。正確には、乗合馬車に見せかけているだけで、セスティが準備したものだ。  今は、リューシャルト地方へのお忍び旅の途中だった。  しばらく遠出すると話した時のソウリの取り乱しようは酷かった。特にセスティが一緒だと知ると、自分も付いていくといって聞かなかった。行先がリューシャルト地方だと聞いて、ようやく鎮まってくれた。 (リューシャルト子爵はソウリ兄さんの実家だからな)  ソウリをティスティーナ家に養子に出した家が、リューシャルト家だ。遠縁の親戚らしいが、遠すぎて血が繋がっているのかもよくわからない感じらしい。 (いるよな、そういう自称親戚。有名人とかに良く聞く話だ)  ティスティーナ家は巫の家系でもトップクラスの家柄だから、同じ巫の家ならお近づきになりたいだろうし、少しでも繋がりを見付けたら縋ったりもするんだろう。 「カナ、抑制剤は持ってきていますわよね」  リアナにじっとりとした視線を向けられる。リアナの目はカナデというより、カナデの手を握って離さないセスティに向けられているように見える。  常に当然のようにカナデの隣に座るセスティだが、ここのところ、前よりスキンシップが多めに感じる。  今日も、座る位置が近くて体がいつもより密着しているように感じた。 「持ってきているよ。保管魔法を覚えたから、持てるだけ持って来た」  今回の逗留がどのくらいの期間になるかわからなかったこともあるが、他にも目的があった。 「だったら、飲んでおいた方が良いのではなくって?」 「無駄だにゃ。抑制剤でどうにかなる感じじゃないにゃ、アレは」  呆れたように吐き捨てるリアナとマイラの言葉も、セスティはまるで気にしていない。 「あ、そうそう、抑制剤な。一つ、貰っていいか? 調べてみたい」  アルバートがカナデに手を差し出す。  今回、抑制剤を多めに持ってきた理由の一つはアルバートからの要求だった。  小瓶を手渡して、保管魔法を閉じる。 「この二週間で、かなり魔法が使えるようになったね。自分の魔法を思い出したのかい?」  セスティの問いかけに、カナデは苦笑いした。 「いや、記憶は全然、戻ってこない。部屋にあった本とか読んで、とにかく練習したんだよ。皆にばっかり迷惑、掛けられないからさ」  アルバートが目覚めてからこの旅に出るまでの一カ月は、カナデにとっては準備期間だった。全く思い出せないこの国のことを調べたり、魔法の練習をするには良い期間だった。 「迷惑だなんて思っていないよ。そういう直向《ひたむ》きなところ、カナはやっぱりカナだな。安心する」  握っていた手にセスティが口付ける。  さすがにカナデも、色んな意味でドキリとした。 「セス、いくら私たちしかいないからって、ちょっとベタベタしすぎにゃ。リアに叱られても、文句言えにゃい」 「せめて人前では、やめてくださらない? 品がなくってよ」  マイラとリアナに思いっきり苦言を呈され、セスティが眉を下げた。 「そうだね、ごめん」  手を離したセスティが、そっとカナデの指先に指をのせる。どうしても離れたくないらしい。 「セス、何かあったか?」  何となくいつもと様子が違うセスティが心配になってきた。 「いいや、いつもと変わらないよ。本当にいつも通り、何も変わらないんだ」  呟くセスティの目はどこか悲しそうに見える。 「変わらないなら、手ぐらい握っとけよ。その程度、咎めるほどでもないだろ」  セスティの表情を遠巻きに眺めていたアルバートが、ついでのように呟く。セスティがアルバートを振り返り、困ったように笑った。 「やっぱりこの薬、微量だが精霊の気配が混じってるな。カナから漂う微かな精霊の気配は抑制剤のせいだとみて間違いなさそうだ」  円形の空間魔法を展開して、アルバートが呟く。小瓶の蓋を開け、薬を数滴垂らすと、匂いを嗅いで、ぺろりと舐めた。 「もう一度、確認するぞ。この薬はカナの兄上が仕入れているもので、仕入れ元はソウリの実家、リューシャルト家で間違いないんだな」  アルバートの質問に、カナデは頷いた。 「ソウリ兄さんにも確認したし、父上にも聞いてみたよ。リューシャルト家は回復薬《ポーション》なんかの魔法薬品の開発に長けてるんだって。一応、巫の家系だけど、楽師としては大きな活動は無いらしい」  ティスティーナ家でも、基本的に抑制剤などの薬の管理はソウリがしてくれている。 「けど、精霊術師はいない。領内に精霊が住んでいる申し出もない、と」  アルバートの目がセスティに向く。  セスティが頷いた。 「この国では、魔術師は全員が国に魔法属性を登録する義務がある。精霊を雇うにしても住まわせるにしても、中央の許可が必要だ。リューシャルト家から、そういった申請は出ていない」  一言に精霊といっても多くの種類がいるらしいが、人型に近くコミュニケーションが取れる精霊に関しては、国の管理が厳しいらしい。 「ま、王族が踏み込むには充分な証拠だろ。リューシャルト家を改めて、できればその先まで行けるといいよな」 「その先って、神の社の下見ですの?」  今回の旅の一番の目的は、キルリスとジンジルを見つけ出すことだ。その工程には、『儀式』が行われる神の社の下見も含まれる。  アルバートがニヤリと口端を上げた。 「セスがキジムって爺さんに聞いた精霊の里を探すんだよ。キルは半分精霊なんだ。ヒントがあるかもしれないだろ」 「そうかもだけど、地図にも載っていないのに、どうやって探すにゃ?」 「案外、近くにあると思うぞ」  ムーサ王国の地図を広げて、アルバートが指さした。 「リューシャルト領が南東、王都から向かって北東方向に神の社、その西側の手前にヒルコ村がある」 「ヒルコ村は『儀式』の時に待機した村ですわね」 「あそこって国の管轄なんだっけ? 普段は人が住んでいないんだよね?」  マイラの問いに、セスティが答えた。 「王家の直轄領になっているからね。『儀式』が近付くと、王城の人間が何人か整備に行くんだ」 「ヒルコ村や社の周辺には広い森があっただろ。まるで世界を分ける境界線みたいに北と南に長く伸びていた」 「世界を分ける、境界線……」  アルバートの言葉を思わず反芻してしまった。  リアナが不思議そうな顔でカナデを眺めた。 「カナ、どうかしましたの?」 「いや、ごめん。何でもない、続けて」 「ああいう鬱蒼と茂った森は、精霊が好む場所だ。あの辺りに里があってもおかしくない。加えてリューシャルト領の一部は森に掛かっている」  アルバートの指が領地の東側をなぞる。 「森で精霊を狩ってきて働かせている可能性もあるということか」 「穿った見方をすれば、可能性はある。魔法薬の開発は簡単じゃないが、精霊の力を借りれば回復薬や抑制剤程度なら容易に作れるからな」  カナデは俯きがちに付け加えた。 「女に性転換する薬を作ってたのも、リューシャルト家だって、ソウリ兄さんが教えてくれたよ。かなりの高等魔法が必要だと思う」  父親が断罪された時、薬の出所が曖昧になったのは、ティスティーナ家の存続を慮った国王の配慮だった。 (アルの予測が当たっているとして、ソウリ兄さんは、何か知っているのかな。どんな気持ちで俺たちを、この旅に送り出したんだろう)  まさかリューシャルト家を改めに行くなんて思ってはいないかもしれない。  それ以前に、アルバートの予測は外れているかもしれない。   (リューシャルト子爵はどんな気持ちで、父上に性転換の薬を渡したんだろう)  胸の奥に広がるモヤモヤは、どうしても消えない。  両膝を抱えて小さくなるカナデの肩をアルバートががっしりと組む。反対側に座っているセスティが、カナデの手を強く握った。 「心配すんな、カナ。俺たちが守ってやるって言っただろ」 「どういう方向に転ぼうと、悪いようにはしないよ」  二人の皇子様に挟まれて、右と左をキョロキョロする。正面の女子二人もにっこりと笑っている。 「一番の目的はキルとジルを探すことだ。それ以外はついでみたいなもんだからな。ついでは軽く片付ける程度でいいのさ」  自信満々な王子様の不敵な笑みは、総てがうまくいく気になる魔法でも掛かっているのかと思う安心感がある。  強く感じるセスの熱のせいで、余計に安心できる気がした。 「あれ~、アル、なんか来るよ」  馬を引いていたアルの精霊が空を見上げて馬車を止めた。 「皆、伏せろ!」  セスが慌ててカナデの頭を庇い、その場に伏す。  突然、馬車が大きく跳ね上がり、真っ二つに割れた。  外に放り出されて、体が宙に浮く。 (ヤバイ、落ちる!)  どうしていいかわからない体を、誰かが抱きとめた。 (セスが受け止めてくれたのか?)  懸命に顔を見上げる。 「え、ジル⁉」  黒い甲冑を纏った黒髪の魔剣士は、間違いなくジンジルだ。  ジンジルはカナデを担ぐと、岩肌を軽々と蹴って崖の上に立った。 「カナ! ジル!」  崖の下の道で、セスティが必死に叫んでいる。 「ジル、俺、カナデだよ。色々あって今は男の姿をしているけど、これが俺の本来の姿で……。とにかく、会えてよかった。話したいこと、たくさんあるから、皆の所に降りよう」  ジンジルがカナデの体を降ろす。  片腕に抱いて、じっとカナデの顔に見入った。 「カナデ……?」 「そうだよ、カナデだ……っ!」  突然、唇を塞がれる。むせかえるような花の香りが口の中に流し込まれた。 (この香り、ソウリ兄さんからしてた匂いと同じ。なんでジルから……) 「捕まえた」  耳元で囁かれた声が頭の中で木霊する。意識が遠くなる。  遠くにセスティの声が聞こえても、答えることができないまま、カナデはジンジルの腕の中で意識を失った。

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