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ep22. 本能じゃない、本音
慌ただしく大きな足音が近づいてくる。
セスティが走ってきたのだと、すぐに分かった。
跳ねるように開いた扉から覗いた顔は焦燥に塗れて、カナデを見付けた目は安堵に潤んでいる。
気が付いたら立ち上がって、駆け寄っていた。
「カナデっ!」
苦しそうに名を呼んだセスティがカナデを抱き締める。セスティの温もりと匂いに包まれて、胸の中に幸福と安堵が広がる。
「心配かけて、ごめんな」
セスティの背中に腕を回して、きゅっと服を掴んだ。
「……カナ、一緒に来て」
セスティに手を掴まれて、部屋の外へと連れ出された。
部屋を出た先で、カイリと目が合った。
「お薬、調合しておくよ」
にこやかに手を振るカイリに見送られて、カナデはセスティに連れられ外に出た。
屋敷の裏手に伸びる森へと足早に歩いていく。
「セス、待って。どこに行くんだ? この先はきっと」
精霊の里だ。二人で行っても入ることはできない。
セスティが、ぴたりと立ち止まる。
振り返ると、カナデの体を木に抑え込んだ。
「どうし、たっ……んっ」
強引に重ねられた唇が深くカナデを求める。性急に口を割って入り込んだ舌が、舌を絡めとり、重なる。
ぴちゃぴちゃと水音が響いて、やけに耳についた。
セスティが体を押し付けて、腰を強く抱き、引き寄せる。密着した体を更に求めるようにカナデの項をセスティの大きな手が撫でる。
「ぁ……ん、ぅん」
セスティの胸に縋り付いて、蕩けそうな熱を受け止める。
(もっと……もっと、欲しい。もっと……セスが、欲しい)
自分から顎を上げて、舌を絡める。セスティの一番熱い所が重なって、体がビクリと大きく跳ねた。
「っ、はぁ……」
ずっと重なっていた唇が離れて、セスティが顔を上げる。
熱に浮かされた瞳の奥の獰猛さを必死に隠している顔だった。
「カナ、俺は、無理だ」
カナデの体を両腕で強く抱いて、セスティが項垂れた。
「セス? どうしたんだ? 何があったんだ?」
セスの背中をゆっくり撫でる。
「カナがいなくなっただけで、こんなにも動揺する。興奮剤塗れのジルに攫われて、殺意が湧いた。こんな俺が、神様にカナを献上なんて、出来る訳ない」
カナデを抱くセスティの手に、力が籠る。
「俺からカナを奪う奴は殺してしまいたい。間違っているとわかってる。でも、衝動が抑えられない。俺はいつかきっと、取り返しが付かない過ちを犯してしまう。そんな自分は、許せない」
セスティの手が小刻みに震えている。
(すごく、苦しそうだ。こんなセス、見たことがない)
ゲームの中でも、過去の記憶の中でも、セスティ=ライガンドールは完全無欠の皇子様だ。いつも穏やかに微笑んで、誰に対しても優しくて、強い。
だからこそ、今の自分が許せないんだろう。本能に流されて利己的な感情が先走り、それを抑え込めない状況など、セスティには有り得ない自己であるはずだ。
「セス、ごめんな。俺のせいで、辛い思いさせてる。きっと本能がそうさせているだけだ。セスが悪いんじゃないよ」
アルファの本能が運命の番を求めてしまう。それは、理性でどうにかなるものじゃないだろう。
カナデが無意識にセスティを求めてしまうのと同じだ。
「本能……?」
ぽそり、とセスの口から言葉が零れた。
「セスは自制心が強くて己を律することができる人だ。アルファの抑制剤を飲めば、きっと落ち着くよ。カイリ兄さんなら調合できるから、用意してくれる」
さっきのカイリの言葉は、きっとそういう意味だったのだろう。
「違う」
小さな声で呟いたセスティが、カナデの服を捲り、素肌に手を滑らせた。股間を押し当て、擦る。硬い熱が触れた。
「セスっ……、まって、ここ、外」
セスティがカナデの首筋に噛み付く。
「ぁあっ、セス、ダメ……、ダメだったら!」
セスティの胸を強く押し返す。首筋に手を回されて、深く口付けられた。
息も出来ないくらい強く深いキスに、体が強張る。
「っ……、ぁ、はぁっ」
唇が離れても、熱は全く冷めない。
熱い瞳がカナデを見降ろしていた。
「俺は、温厚でもないし、自制心もない。今だって、カナデが欲しくて止まらない。全部、俺の本音だ。本能なんて言葉で、片付けないでくれ」
泣き出しそうに歪むセスティの顔を見て、さっきの自分の言葉を瞬時に後悔した。
(完璧な王子様を演じ続けてきたセスが本音を言ってくれたのに、俺は否定しちゃったんだ。セスはこんなに丸裸でぶつかってくれてるのに)
腕を伸ばして、セスティの顔を胸に抱いた。
「俺は、どんなセスも好きだよ。セスと離れたくないし、離さない。セスが過ちを犯さずに済むように、ちゃんと自分を守るよ。俺は治癒楽師だけど、一応、結界術とか攻撃魔法も多少は使えるわけだし」
セスの髪をそっと撫でる。ふわふわの猫っ毛が柔らかくて気持ちがいい。
「だから、自分一人で何とかしようと思うなよ。二人で考えて悩めばいいよ。『儀式』のことも、オメガの献上のことも、もっと調べて考えよう。二人で足りないなら、仲間と考えよう。俺たちは一人だけでも二人だけでもないんだ」
一際強く抱き締めて、セスティの髪に頬ずりする。
これまでで一番、セスティを愛おしく感じた。
「……カナデ。愛してる、昔からずっと。ずっと、耐えてきたから。これ以上、カナデを我慢するなんて、嫌だ」
セスティが言葉を詰まらせる。
服越しにじんわりとセスティの涙の温もりを感じだ。
「俺も、もう、セスを我慢するなんて、出来そうにない。ずっとずっと、セスのことが好きだった。これからも、きっとずっと好きだ」
セスティの顔を両手で包む。
唇を重ねて、さっきセスティがくれたキスと同じくらい、深く口付けた。
彷徨う指が互いの手を見付けて絡み合う。
その場に座り込んで、何度も何度も、舌を絡ませ合った。
「カナ……」
カナデを見詰めるセスティの瞳が潤んでいる。
さっきまでの焦燥は消えていた。
「今夜は、俺と一緒に寝て。ちゃんと抑制剤、飲むから」
腕を回してカナデの肩に顔を預けるセスティは、子供みたいだ。
「いいよ。一緒に寝よう。俺も抑制剤、飲んでおくよ」
セスティの指がカナデの唇に伸びる。
「抑制剤、飲まないで寝るのは?」
少し蕩けた瞳が、懇願するように問う。
色気が溢れるセスティの表情に心臓が高鳴って、鼓動が早くなる。
「飲まないのは、えっと。まだ発情期 きてないと思うけど。運命の番は発情期って関係あるんだっけ? ないんだっけ?」
ドキドキし過ぎて、自分が何を言っているのかよくわからなくなってきた。
「カナ、かわいい」
セスティが柔らかく笑んで、額にキスをした。
「発情期 じゃなくても運命の番じゃなくても、俺はいつでもカナを抱けるよ」
あまりにストレートな発言に、更に鼓動が早まる。
呼吸困難で死にそうだ。
思わずセスティの胸に、がっつりしがみ付いた。
「それ以上は、無理。キュン死する」
「可愛すぎて何度も殺してしまいそう。可愛いカナ、もっと見たい」
顎を上向かされて、口付けられる。
嬉しそうに笑う顔は、いつものセスティに戻っていた。
ドキドキしながらも、セスティの笑顔に安堵していた。
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