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ep23. ようこそ、精霊の里へ

 カナデとセスティは、カイリの案内で精霊の里に向かい歩いていた。護衛として、ジンジルが後ろから付いてくれている。  キルリスが精霊の里にいるかもしれないと話したら、カイリは快く案内を引き受けてくれた。   「キルリスって、精霊と人の亜種なんだっけ? だとしたら、保護されている可能性は高いね。精霊族は仲間を大事にする種族だ」 「カイリは何度も里に出入りしているんだろ? キルリスに会ったりしなかった? 女の子みたいに可愛い男の子なんだけど」  カナデの問いかけに、カイリは首を捻った。 「精霊って皆そんな感じだからねぇ。そもそも性別がないから。キルリスって子が性を持っているのは、人の血が混じっているからだろうね」 「そうなんだ」  精霊も人間と同じように男女の性があるのだと思っていた。 (どうやって増えるんだろう。草とか木とかから自然発生したりするのかな)  思わず考え込んでしまった。  そんなカナデを横目に見ながら、セスティがカイリに並んだ。 「俺たちはまだ、カイリの頼み事を聞いていないが、先に里に案内してもらって、良かったのか?」  カイリが思い切りセスティを振り返る。  表情のない顔が間近に迫って、セスティが逃げるように仰け反った。 「僕の頼み事は、半分くらい叶えてもらった……いや、そうだな。これから叶えてもらうから、構わないよ。もう半分は、今じゃ無理だから、もう少し後になるかな」  突然、ニコリと笑われて、セスティがたじろいでいる。 (カイリ兄さんは表情の出し方が、なんか変なんだよなぁ)  多分、悪気はないのだろうし悪い人でもないのだが、そういうところが何となく不気味だ。言葉のチョイスも普通とは言えないから、真意が伝わりにくい。 (かなり損をしている気がする) 「そう、なのか。何のかんの世話になっているし、頼み事は引き受ける。もう半分も、約束通り叶える」  引きながらも真摯に答えるセスティは、きっとカイリを嫌いではないのだろう。  カイリがセスティをじっと眺める。 「うん、頼むね」  頷いて微笑み掛けたカイリの表情は、心なしか柔らかく見えた。 「それよりさ、案内はするけどね、精霊の里に入れるかどうかは君たち次第だよ。精霊族は人間に対する警戒心が強いから、なるべく素直に話すことをお勧めするよ」  案内がなければ絶対に迷うと感じる鬱蒼とした森の中を、カイリはまるで自分の家の庭のように進んでいく。 「カイリの頼み事は、精霊の里の中にあるのか?」  セスティが周囲を観察しながらカイリに問う。周りの景色を覚えて、帰りに備えているのだろう。 「景色を覚えても無駄だよ。変わっちゃうからね。むしろ精霊の気を探っておくといいよ。僕の頼み事は……うーん、そうだね。そうとも言えるし、その先にあるともいえるかな」  謎めいた言い回しは、相手を翻弄するためではない。恐らく正直な本音だ。ここ数日カイリに接して、カナデが受けた心象だった。 「それよりセスは、僕からのプレゼント気に入ってくれた? もう使った?」    ちらり、と後ろを窺ったカイリから、セスティがあからさまに顔を逸らした。 「いや、まぁ、その」  セスティの目がカナデに向く。  今度は顔を赤くして、目を逸らした。 「? セス? カイリ兄さんに何か貰ったのか?」 「……うん。アルファの、抑制剤とかを、ね」  煮え切らない返事に、セスティの顔を覗き込む。  ジンジルが後ろからカナデの肩を叩いた。振り返ると、無言で首を横に振られた。これ以上聞くなということらしい。  最初にリューシャルト家を訪れてから、カナデたちはもう二週間以上もこの地に滞在していた。  キルリスを探すために精霊の里に入りたいカナデたちと、セスティに頼み事をしたいカイリの思惑が合致したからだ。  精霊の里に入りたいならこの土地にしばらく滞在することが条件と言われた。  精霊術師であるアルバートにも、「精霊の魔力に馴染むのは契約に必須」と教えられ、受け入れた形だ。  カナデとセスティの様子を眺めていたカイリが怪しく笑んだ。 「欲しい薬があったらいつでも教えてよ。ないものは調合してあげるから。僕も作ってみたい薬がたくさんあるし、サンプルが取れるのは嬉しいからね」  カイリの視線がカナデに向く。  目が合うと、カイリが楽しそうに目を細めた。 「まだ使ってないから、とりあえず今は、まだ。まだ、大丈夫」  セスティが口の中で何か、ごにょごにょ言っている。  らしくない態度を不思議に思いながらセスティを眺める。 「残念だなぁ。早く使ってみてほしいのに。っと、そろそろ着くよ」  カイリが歩を緩める。  目の前に樹齢何千年かという巨木が現れた。何の種なのか見当もつかない大樹は長く伸ばした枝に沢山の葉を青々と茂らせている。 「いつの間に目の前に」  存在に圧倒されて、言葉にならなかった。 「樹は動かないからね、ずっとあったよ。見ようとしていないだけで、見せようとしていないだけだね」  カイリが木肌に触れる。目を閉じて感触を確かめると、ゆっくりと開いた。 「うん、大丈夫そうだね。カナ、神笛を吹いてごらん」  カナデは頷き、持って来た神笛を手に構えた。 (曲、何が良いかな。踊れそうな、楽しい曲がいいな)  いわゆる妖精さんみたいなイメージがあったので、可愛らしいポップな曲を吹いてみる。  小さな地鳴りが響いて、樹が揺れている。  大樹の幹が少しずつ動いて、人間が入れそうな大きさの洞《うろ》ができた。 「さ、カナが最初に入って。僕が最後に入るから」  促されて、洞の前に立つ。  今まで森の中に流れていなかった気配が流れ出してきた。引き寄せられるように足が前に出る。  誘う空気に包まれながら、暗い洞を歩いていく。  明るい出口は、すぐそこにあった。  溢れる光に、目が眩む。  葉に遮られ薄暗かった景色が、一変した。  花が咲き乱れる明るい大地に、少女が一人、立っている。 「お待たせ、ハル。カナとセスを連れてきたよ。ジルも一緒だけど、いいよね?」  ハルと呼ばれた少女がカイリを見上げて、頷いた。 「ずっと待っていた。神の意志を受け継ぐべき者たち。ようこそ、精霊の里へ。精霊族は貴方たちを歓迎する」  カナデを見詰めるハルの瞳はガラス玉のように透明で、冷たい。  何を考えているのかわからない視線に、カナデは戸惑った。

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