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ep25. 神子の守護者 キルリス=ポップティシア
精霊の里の中には小さな森が点在している。大木の股や枝の上に家を建てるのが普通らしい。森が開けた丘の上には、一軒の大きな家があった。
家というより、柱を立てた上に屋根を載せただけの簡素なものだ。どちらかというと日本建築風なのが気になった。
(思えば、神様の社も神社風だったし、『儀式』の準備をする村の名前もヒルコ村って名前なんだよな)
日本に異世界転移していた頃、音無家は蛭子神社の氏子だった。その関係で自分は火祭りの神楽で神楽笛を吹いていた。
(日本での俺のプロフィールって、この世界と何か関係あるのかな)
建物を遠くに眺めながら、奥の森に歩を進める。しばらく歩いた先に大樹があった。太い根に守られるように置かれたベッドで、可愛らしい女の子が眠っていた。
一見して女の子にしか見えない男の娘《こ》は、間違いなくキルリスだった。
「やっと会えた」
眠るキルリスに駆け寄る。小さな手を取り、強く握った。
「迎えに来るのが遅くなって、ごめんな。今、起こすからな」
キルリスの手を額に当てて、魔力を籠める。
小さな体を包んでいた薄い膜が、パリンと割れる感触があった。
(あれ? なんだ、この感覚……)
額に触れたキルリスの手から、何かが流れ込んでくる。
頭の中に、過去の景色が浮かんでくる。
王城の薔薇園で、絵画のように美しい男の子に会った。彼に会った瞬間、心臓が痛いくらいに掴まれた気がした。
気が付いたら男の子の姿になっていた。
目が合った時、自分は彼と生涯を共に過ごすのだと思った。
(初めてセスと話した時の記憶。俺、あの時からこんなにセスのこと想ってたんだ)
場面が切り替わる。
本のページを捲るように、次のシーンが頭に浮かぶ。
(これ、スラムで荷運び業者を追いかけていた時の……)
初めてジンジルに会った時の光景だ。あの夜、カナデはあの業者を追っていた。あの荷の中身を、知っていたからだ。
(精霊を狩る人間を、俺は知ってた。でも、誰にも言えなくて、だから一人で)
自分一人ではどうにもできない数の護衛を殺してくれたジンジルが有難かった。同時に殺人に手を染めさせてしまった申し訳なさで、涙が止まらなかった。
(あの時の彼が、ジンジルだったなんて知らなかった。知っていたら学院でお礼、言えたのに)
また場面が切り替わる。
パレス魔術学院で、『儀式』のための訓練受けていた時の光景だ。あの頃から、選定に通ったメンバーとは仲が良かった。
ほとんど毎日、一緒にいた。学院でできた友人たちは、カナデに新しい価値観と絆をくれた。
同時に、セスティやリアナとの絆も、以前より深まったと思う。
(二人のこと、大好きで、想ってくれるのが嬉しいのに応えられなくて、辛くて、でも離れたくなくて、気持ちを隠すのに、必死だった)
またページが捲れる。
過去の様々な光景《シーン》が頭の中を流れて、胸の奥に仕舞い込まれていく。
ジンジルからもらった白黒《モノクロ》の記憶にキルリスが色を付けてくれているような感覚だった。
(ああ、そっか。忘れていた感情が戻ってきてるんだ。過去の記憶と紐付いて、自分のものになってるんだ)
『儀式』の時の、少年の顔が浮かぶ。
あの時感じた、どうしようもない怒りは、自分自身に向かったものでもあった。
(俺は、気付いてたんだ。自分が女じゃないことも、ベータじゃないことも)
カイリが言った通りだ。自分の意志など殺して、我慢して隠して受け入れて、その結果が仲間を巻き込む大惨事になったことが、許せなかった。
自分の意志で生きるべきだったと、後悔した。
キルリスの手を握る手に、涙が零れ落ちる。
「カナ、カナデ!」
セスティが呼ぶ声がする。
止めようと思うのに、涙は一向に止まってくれない。
「セス、セス……」
空いた右手がセスティを求める。セスティがカナデの手を取り、肩を抱いてくれた。隣にいてくれるだけで、安心する。温もりが、後悔や不安を涙ごと吸い取ってくれるようだった。
頭の上に影が落ちた。
見上げると、キルリスが起き上がり、カナデを見降ろしていた。
「キル、起きた……」
「カナ、僕は今まで、自分の人生の半分の記憶がなかったんだ。だから手掛かりが欲しくて、精霊を狩る人間を片端から殺して、仲間を解放していた。あの時、ジルを助けたのがカナだって、知ってたよ」
「え? じゃぁ、あの時の、アレは」
人ではない強大な力を持った何者かが、荷運び業者を襲っていた。恐ろしくて、一瞬、加勢するのを躊躇った。その瞬間に、ジンジルが全て片付けてくれた。
「僕だよ。あの時、初めてカナを見た時、気付いたんだ。僕が尽くすべき主は君で、僕は守護者 だってね。でも、あの頃の君は色んな皮を被っていたからね。だから一緒に『儀式』に参加しようと思ったんだ」
キルリスがカナデの額に手をあてた。
「君は選び、決断しなければならない。神様に祝福されたオメガには、役割がある。セスと一緒に、自分の前世 を見ておいで」
目の前がぼんやりと霞んでいく。
不安になって彷徨う手をセスティの手が掴んだ。確かな熱を感じて、カナデはゆっくりと目を閉じた。
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