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ep26. ムーサ王国神話 始まりの物語

 葦舟を、行く先もなく漕いでいく。  白い靄が掛かる何もない世界を、ただひたすらに先へと進む。  船には子供が一人、乗っている。かの神が安寧に暮らせる場所を探さなければならなかった。 「イサキ、お前は瑞穂国(みずほのくに)へ帰るといい。この先に生き物が暮らせる場所など、ありはしないよ。引き返せるうちに帰りなさい」  イサキは首を振った。 「神を先導するのが我が役目です。暮らせる場所が、きっとあります。なければ作りましょう」  蛭子神《ひるこのかみ》には、骨がない。ぐにゃぐにゃの体では船も漕げない。皮膚もないから表情もわかりずらい。誰かと話す時、不便だろう。一人には出来ない。  だからイサキは、舟を漕いだ。蛭子神が安心して暮らせる場所が欲しかった。 〇●〇●〇  長らく船を漕いでいるうちに、陸が見えた。その土地には人が住んでいた。得意の笛を吹くと、種が芽吹いた。  人々は喜び、蛭子神を客人神エミスと呼んで、社を建て、祀ってくれた。  人の信仰が集まると、エミス神に皮膚ができ、骨ができた。  イサキが笛を吹くと、エミス神の神力が強まった。神力が強まると、精霊が活気づき、やがて人型の精霊が生まれて、国が栄えた。  人が魔法を使えるようになったのは、精霊が増えたためだった。大事にしてくれる人間族や精霊族のために、エミス神はもっと精霊を増やし国を豊かにしようと言った。  だが、エミス神には生殖機能がない。エミス神はイサキに神紋を与え、男でも孕める体を作った。相手が男女どちらでもいいように、孕む胎と孕ませる種を備えた。  イサキの相手は大精霊が見繕った。精霊にも生殖機能がないため、人から選ぶことにした。人間の長だったシアンに神紋を与え、精霊を増やす手伝いをさせた。  イサキとシアンの間には、最初、人の子が生まれた。  人の長であったシアンの子孫は王族となり、神を喜ばせる笛を吹く子は巫となった。  数百年もすると、イサキもシアンもこの世を去った。神は酷く悲しみ、最初にイサキが吹いてくれた笛の音を思い出して、この国をムーサ王国と名付けた。  エミス神は定期的に人間に『祝福』を与え続けた。すると、人の中からイサキのような特徴を持つ生き物が生まれるようになった。  そういう者が生まれると、神の元へ招き、また精霊を産ませた。  やがてその特徴はオメガと呼ばれ、オメガは神に献上される生き物になった。  神から与えられる『祝福』に感謝した人族は、定期的に『儀式』を行って神に感謝を示すようになった。  オメガには必ず魂の番のアルファが存在するが、自分で見付けるのは難しい。神元で番を探し、見つけ出して精霊を産み落とす。  二人は神子となり、神の元でこの国を治めた。  異世界との門《ゲート》を守る塞神でもあるエミスは、その場を動けない。動けないエミスに変わり、神子がこの国を見て回る。  神が、精霊が、人が、幸せに生きられるように、三者が共存できるように仲を保つのが神子の役割だ。  神と精霊と人は、もっと近くにある存在だった。いつからか人族だけが、世界を分けて遠くに行ってしまった。  神や精霊から離れた人は、いつの間にか神や精霊との付き合い方を忘れてしまった。  そのうちにオメガの数も減り、神子が途絶えた。  神子が減れば精霊が減る。神の代弁者《アドボカシー》がいなくなる。  精霊が減れば魔力が減退する。国の力が衰える。神の力が衰える。  神への感謝を伝えるための『儀式』は、祝福を得るための神事に変わった。  神の心を慰めるための神楽は、人族が栄えるための神事に変わった。  感謝ではなく、貰うための『儀式』になった。  まるで自分勝手な物乞いの真似事をしていると、人族は気が付いていない。  信仰が、祈る心が神力を高めるのだと忘れてしまった。  忘れてしまったから、知らないから、間違う。だから、精霊を狩る。  それが魔力を削ぎ、人族をも滅ぼし、やがてはこの国を滅ぼす行為であると気が付かないまま、人族は間違い続ける。  森羅万象の全能ではない神様は、この国が昔のような美しい国に生まれ変わることを願う。  神子に願う。精霊に、人に願う。

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