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ep32. 事件の終幕①
シャルロッテが案内してくれたのは、街外れにある屋敷だった。以前はどこぞの伯爵家の屋敷だったものを、ミレイリア家が秘密裏に買い取ったものらしい。
「まず間違いなく罠だが、行くしかないか」
アルバートの言葉は、全員の代弁といえる。全員が各々の配置についた。
屋敷の中に流れる魔力は、道標にすら感じられる。
それくらい、相手はセスティを最奥の部屋に向かい、誘っていた。
奥の部屋に近づくにつれ、音がする。
ぴちゃ、くちゃ、と湿ったもの同士が触れる水音だ。
「ぁ、ぅん……は、ぁ……」
既に何度も聞き慣れた、今は聞きたくない声が徐々に大きくなる。
それはどんどん鮮明になり、何が触れ合っているのか、如実にわかる。
(ああ、嫌だ、見たくない)
そう思っても、手は勝手に扉に掛かる。
薄く開かれた扉の隙間から既に姿が窺えた。
椅子に座らされ縛り付けられて目隠しをされたカナデの唇を貪るソウリの姿が、否が応にも目に入った。
ソウリが、ちらりとセスティを横目で窺う。
唇を離すと、自分の唇をぺろりと舐めた。
「やぁ、セスティ皇子殿下。思ったより早かったですね」
目を細めて笑う顔は、とても穏やかだ。
如何にも無害な笑みは、とてもカイリと同じ造形とは思えない。
同じ顔のカイリの方が、よっぽど危ない男に見える。
「出会い頭に攻撃魔法でも打ち込まれるかと思いましたけど、冷静なんですね」
怒りが込み上げるのを必死に耐える。
体が動きたがる衝動を、何とか留めていた。
「今更、何がしたい? 魂の番を殺して、それで満足か? お前たちは神の存在を信じていないんだろう」
言葉に怒気が乗る。
セスティの声を聴いて、ソウリが満足そうに笑った。
「バルバンは信じていないようですね。僕は精霊も魂の番も間近に見ているから、いるのは知ってますよ。無能な、何の役にも立たない神様のことならね」
ソウリの目が色を失くした。
カイリとは違う不気味さに、ゾクリと怖気が走る。
「一人じゃ何もできない神様。人前に姿を現せない神様。そんなものを守るのに、人はどれだけの犠牲を払っていますか? なら、いっそ人だけの世の中にしてしまえばいい。そうすれば、カナデは僕の腕から消えない」
ソウリがカナデの頬を撫でる。
カナデの体がビクリと跳ねた。
「触るな!」
無意識に叫んでいた。
ソウリが可笑しそうに、クスリと笑った。
「薬で無理やり発情させているんです。息をするだけでも感じて苦しいでしょうね。早く楽にしてあげないと。何ならこの場で、カナデの乱れる姿を眺めますか?」
ソウリの手がカナデのシャツの中に滑り込む。
「ぁ!……やぁっ」
カナデが顎を上げて嬌声を発する。肩を上げて荒い呼吸を繰り返す。
易い挑発に乗ってはいけない。わかっている。
しかし、気が付いたら足が動いていた。
思いっきり、ソウリに殴りかかった。
「おっと。飛翔魔法ではなく、拳できますか」
ソウリがセスティの拳を受け止めた。
優男の手に似つかわしくない力で、セスティの力を抑える。
(この部屋、まさか、いつの間に)
セスティの表情を感じ取ったのか、ソウリが口端を上げた。
「気付きましたか? 空間魔法は色んな魔法が付与出来て便利ですよね。僕以外の人間の魔力は十分の一以下になるように吸収壁を張ってあります。ステルスは僕が得意な魔法なので、気が付かなかったでしょう」
ソウリがセスティの拳を握り潰す。
「くっ、離せ」
拳を引くも、ソウリの手が離れない。
「攻撃魔法を纏った拳も、この部屋では無意味だ。同じように、神が存在しない世界で、魂の番は無意味だ。尤も貴方は王族だから、人だけの世界になっても価値はありますけどね。本当に忌々しい」
ソウリの手がセスティの空いた拳を拾い上げた。両の拳を強く握り締める。
「っ……ぁっ」
骨が折れそうな力で握られ、必死に力を返す。
「素晴らしい筋力ですね。魔法が無ければ押し負けていますよ。毎日鍛えていると、それだけ立派な体躯になるんでしょうか。その体でもう、カナデを抱きましたか? 啼いて喜んだでしょう?」
ニコリとソウリが微笑む。
「貴様、いい加減にしろ。この後に及んで、何がしたい」
凄みを込めて睨み据える。
ソウリがセスティの指に指を絡める。強く握り込んで、引っ張った。
がくん、と体が傾いて、前に倒れ込む。ソウリの顔が間近に迫った。
「何でも持っている貴方から、何も持っていない僕が奪うんですよ。守護者にも神笛にも魂の番にも選ばれなかった僕が、カナデに選ばれるためには、もうこれしかないのでね」
壁際で、何かが動いた。
攻撃魔法が飛んできた気配を察して、咄嗟に体を屈める。
髪を掠った魔法は、反対側の壁に当たって砕けた。
視線を戻すと、長い髪が舞って見えた。その隙間に何かが鈍く光った。
「リ、アナ?」
セスティの腹に鈍い衝撃が走った。
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