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ep33 事件の終幕②

 見下ろすとセスティを庇うようにカイリが立っている。  カイリの腹に、リアナの持つ短剣が深々と刺さっていた。 「カイリ! リアナ!」 「間に合ったね。危なかった」  ソウリが冷めた目でカイリを見下ろしている。  カイリが短剣を握り締め、反対の手でリアナの肩を引き寄せた。 「早く短剣を抜かないとっ」  カイリに手を貸そうにも、ソウリに手を掴まれたままで、動けない。 「手を放せ! 殺したいのは俺だろう。カイリは関係ないはずだ!」  セスティの言葉に、ソウリはピクリとも反応しない。  もう関心がないと言わんばかりにセスティには目もくれない。 「リアナ、聞こえるかい。僕の気配なら、今の君にも伝わるはずだ」  短剣を気にすることなく、カイリがリアナの体を引き寄せる。  強く深く、抱き締めた。その分、深く腹に剣が食い込む。  表情のないリアナの目から、涙が零れ落ちた。 「初めて会った時に、気付いていたよ。君は特定のアルファ相手にフェロモンを発するキメラだ。君の運命の相手は、僕だよ。僕の腕に、戻っておいで」  カイリがリアナの唇に口付ける。  強い魔力を口移しで流し込んでいた。  リアナの体から、黒い煙が立ち上る。 黒い煙は溶けるように散って、リアナの体から霧散した。 「ぁ、はぁ、はぁ」  初めて息をするような勢いで、リアナが何度も大きく呼吸をする。  ズルズルとセスティの体に沿って崩れ落ちたカイリに縋り付いた。 「貴方、馬鹿ですの? 短剣を体で受け止めるなんて。怪我をしないやり方もありましたでしょ!」  剣を引き抜き、即座に治癒魔法をかける。 「それじゃ、セスが死んでたでしょ。この短剣、呪詛が掛かっているし、僕じゃないと受け止められないよ。それより、体を張って愛する人を助けた僕を労ってくれてもいいんだよ」  むっと、一瞬表情を硬くしたリアナが、戸惑いながらカイリに口付けた。 「私だって、最初から気付いていましたわ。私でなければ、貴方のような変人、受け止めきれなくってよ」  ソウリの手をリアナが握る。  涙の雫に濡れる手を、ソウリがしっかりと握り返した。  突然、マイラの攻撃魔法が頭上から降ってくる気配がした。  空間魔法が割れるように壊れて、アルバートとジンジルが部屋に飛び込んだ。  ソウリを挟み込むように前後に立つと、アルバートが鼻先に剣を突き付けた。 「バルバンは捕えた。残りの過激派の連中も国王直下の騎士団が捕縛した。もう逃げられないぞ」  改めて、セスティはソウリを逃がすまいと、その手を強く握り締めた。  後ろで何気なくカナデに抑制剤を打っているキルリスを眺めながら、ソウリが息を吐いた。 「とんだ茶番だね。三文芝居にしても、出来が悪い」  ソウリが冷めた顔でカイリを眺めている。 「その茶番を仕組んだのは、どこの誰だ?」  セスティの声に、ようやくソウリが反応した。 「捕まりたかったんじゃないのか? 逃げる気があったやり方とは思えない」  ソウリが吐き捨てるように笑った。 「バルバンは逃げたかったんじゃないかな? あんな悪事を働いて、逃げられる場所なんか、この国の何処にもないと思うけど。僕はどちらにせよ、長くはないからね」  言葉の意味が分からず、セスティは黙った。  カイリが立ち上がり、ソウリに向き合う。 「わかっているなら話が早いよ。精霊の血や魂を使った呪詛は自分の魂を削る。放っておいても、お前は近いうちに死ぬ」 「うん、そうだね。それくらいは知っているよ」 ソウリが俯く。その顔には、弱い笑みが滲んで見える。 「それでも僕は、お前を許すことはできない。お前が殺した分の精霊の魂は、お前の魂で贖ってもらうよ」  カイリがソウリに手を伸ばす。  思わず、その手を握った。 「待て、カイリ。放っておいても長くはないんだろう。カイリが手を下す必要はないだろ」  カイリがセスティを振り返り、困った顔で笑んだ。 「セスは優しいね。統治者には向かない。君はカナデと神元に上がる方が、きっと性に合っているよ」 「何を言っている。今はそんな場合じゃ……」  後ろで、セスティの服を引く手があった。  振り向くと、カナデがカイリとソウリを見上げていた。 「ソウリ兄さん、カイリ兄さんの裁きを受けて、自分の罪を償ってくれ」  カナデが真っ直ぐにソウリを見詰めている。  ソウリは諦めたように息を吐いた。 「カイリ《《兄さん》》、か。兄さんはいつも、僕の大事なものを簡単に奪う。守護者の立場もカナデも。最後に僕の命を奪うのも、兄さんなんだね」  ソウリがカイリに向かい、手を差し出した。  その手を、カナデが握った。 「ソウリ兄さんと過ごした毎日は、楽しかったよ。男の姿で戻っても変わらず接してくれて、嬉しかった。だから、ありがとう。俺のこと、大事に思ってくれて、ありがとう」  カナデの言葉に、ソウリが顔を歪めた。 「なんだ、それ。僕は全く良い兄さんじゃなかっただろ。罵倒してくれた方が、気が楽だ。なのに、カナデはそうやって」  ソウリが俯く。  口元が戦慄いて、目元に雫が光って見えた。 「良い兄さんじゃなかったのは、僕だろ。ソウリ……、ごめんな」  カイリの手がソウリの手に触れる。 「ああ、そうだね。全然良い兄さんじゃなかった。だけど僕の、たった一人の兄さんだった。だから」  ソウリが顔を上げた。  涙に濡れた目が笑む。  それは今までのような人目を気にした作り笑顔ではない。 「僕より不幸に生きてよ、カイリ兄さん」  何にもとらわれない、自然な笑顔に見えた。  目を閉じたソウリの体から、白い何かがが抜け出てくる。 「カナデ、神笛を吹いてやってくれるかい」 ソウリの手を大事そうに包み込んで、カイリが小さく懇願する。 カナデが頷いて神笛を構えた。美しい音色が部屋の中に響き渡った。 「ああ、カナデの笛の()だ。僕には絶対に吹けない。吹けるわけが、ないか」  ソウリの顔が穏やかに色を落とす。全身が淡い光に包まれて、空気に溶ける。  魂も体も全てが自然に返り、自然の一部になるのだと、肌で感じた。  ソウリを見送った旋律は悲しい鎮魂歌(レクイエム)で、心を癒す慰めの調べだった。

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