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ep.34 『儀式』に向けて

 王都で起こった暴動は完全に鎮静され、バルバンを始めとする過激派は捕縛された。  暴動の中核だったミレイリア家は取り潰しが決まった。  リアナの処遇に関しては、ソウリが残していた遺書が、ノースライト家の汚名をそそいだ。  遺書には、暴動の始まりがミレイリア家のバルバンであったこと、リアナが呪詛で利用されていたこと、ソウリの行動は遺恨あるティスティーナ家を貶めるための単独行動であったことが記されていた。  ソウリは最初からこの結末を望んでいたのかもしれないと、遺書を読んで改めて感じた。  暴動から一月ほどが過ぎた九月の上旬。  ティスティーナ家には、賑やかな声が響いていた。 「ティア、今度はあっち。あっちの木に登ろう」 「待ってよ、シャーリー。あんまり木にばかり登ったら叱られるよ」  走り回るシャルロッテの後ろをティアラが追いかけている。 「ティアの木登り好きはシャルの影響だったのか」  頭を抱えるセスティに苦笑する。  事件の後、シャルロッテは精霊の里に帰りたがるかと思いきや、王都での生活を望んだ。  居場所がなくなったシャルロッテを、跡取りがいなくなったティスティーナ家が養子として迎え入れることが決まった。ミレイリア家が没落した以上、婚約も解消されるはずだったが、引き取り先がティスティーナ家であり、何よりティアラの強い懇願もあって、婚約が継続となった。 「結局、ティスティーナ家の跡取り問題は解決されなかったな」  セスティが、申し訳なさそうな顔をする。 「そうでもないよ。カイリ兄さんがいるから」  カイリとソウリは生まれてすぐにリューシャルト家に預けられたティスティーナ夫妻の実子であると、カナデは父であるショウマから聞いた。  リューシャルト家はティスティーナ家の陰であり、精霊の里の守護者を輩出する家系なのだという。  今後はカイリがリューシャルト家とティスティーナ家の両家当主を兼任する予定だ。 (ソウリ兄さんは、血の繋がった兄さんだったんだな)  ソウリが神様を嫌悪して魂の番を殺そうとしていたのか、カナデを本気で愛していたのか、今では真相はわからない。  けれど、触れ合った感触は、本物であったと感じていた。 (もっとちゃんと話し合えたら良かったのにな。そうしたら、今もこの場所に、ソウリ兄さんがいたのかもしれない)  目の前に広がる真っ白な着物を眺める。  そんなカナデを、セスティが何も言わずに見守っていた。 「なぁ、セス。この衣装、どう考えても白無垢だと思うんだけど」 「あぁ、そういう名称らしいよ。オメガが神元に上がる時に着る正装だと、キジムが話していた」 「へぇ、そうなんだ」  ニコニコと嬉しそうに答えるセスティに、それ以上は何も言えない。 (俺にとっては白無垢って、結婚する時に女の人が着る衣装だけど、ムーサ王国じゃ一般的じゃないし、知らない分、違和感ないのかな)  カナデのためなのか、国の風土なのか、多少アレンジはされているようだが、自分がこの衣装を纏う姿が全く想像できない。   「セスの衣装は、袴だったりすんの?」 「そうだね。黒いスカートのような、あまり見たことがないデザインだったよ。魂の番が共に神元に上がるのは滅多にないことだからって、精霊たちが誂えてくれたらしいんだ」  羽織袴に白無垢、思いっきり日本を継承した婚姻装束だ。 「エミス神様って、本当に日本の神様なんだなぁ。むしろ、王都が何で今の文化になったのかが不思議だ」 「俺は逆に、神様の周囲の文化を不思議に思うよ。カナデは日本に行っていたから、あまり違和感がないんだろ?」  セスティが後ろからカナデの腰を抱く。 「日本の話も、色々聞きたいな。結局ずっと忙しくて、ゆっくり話せていないからね」  カナデの髪の匂いを吸い込んで、頬ずりする。  甘える仕草が可愛らしくて、擽ったい。  王族でありながら神元に上がる決断をしたセスティを、国王は引き留めなかった。断腸の思いで苦渋の決断をしたらしいが、王室より高位の神に異を唱える行為はできなかったのだろう。  民衆に忘れ去られたエミス神の信仰こそがこの国の根幹であると、国王は深く理解していた。 「神様の元に行ったら行ったで忙しくなるもんな。今のうちに話せること、たくさん話しておこう」 「そうだな。俺たちにしかできない、やらなきゃならないことが、沢山あるからな」  セスティの唇が降りてくる。  ふわりと柔らかい口付けが、心地よい。 「相変わらず仲が良いねぇ」 「昼間から距離が近すぎましてよ」  苦い顔をするリアナの後ろから、カイリが一緒に部屋に入ってきた。 「二人ともどうしたの? カイリ兄さん、わざわざリューシャルトから王都に来たの?」 「ノースライト家に御挨拶にね。ついでに実家に寄ってみたんだ。何年振りかなぁ。生まれた時以来かな」  生まれた時以来なら確実に覚えていないだろうが、懐かしそうな顔をするあたりが、とてもカイリらしいと思う。 「そっか、二人は婚約するんだもんな。カイリ兄さん、大丈夫だった?」  心配になって、リアナに問う。 「カイリは、しっかり話そうと思えばできる人ですの。普段がふざけ過ぎなのですわ」  ぼそりと話すリアナは、どこか照れている顔だ。  セスティが神元に上がることが正式に決まってから、リアナとの婚約は解消になった。その直後に、カイリがリアナに婚約を申し込み、両家は見越していたようにあっさりと婚姻を結ぶ運びとなった。 (ゲームの悪役令嬢リアナは、他国の皇子と政略結婚エンドしかなかった。カイリ兄さんは辺境の貴族ではあるけど、現実のリアナは幸せになれそうだ)    ホッと胸を撫で下ろす。 リアナが、カナデとセスティの衣装をじっと見詰めていた。 「これを着て、またあの『儀式』に挑むんですのね」 カイリがリアナの肩を抱いた。 「次は危険なことはないよ。婚姻の儀式だからね」  頷くリアナの表情は冴えない。 「もう、会えなくなりますのね」  カナデはセスティと顔を見合わせた。 「それなんだけどさ、何とかしてみようと思うんだ」 「今回の試練で思い知った。この国は神と人の距離が遠すぎるんだってね」  セスティがカナデに向かい、笑む。 「王都の人達も当たり前に神様を感じられる国造り。俺たちが神子になる意味は、そこにあると思うんだ」  カイリが感心した顔で笑った。 「いいね、それ。カナとセスらしくて、凄く良いよ」 「本当に。本当に、素敵ですわ」  嬉しそうなリアナの目尻に光る雫を見付けて、カナデはセスティと顔を合わせて微笑んだ。

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