5 / 69
第5話 神喰いの惟神
「瀬田くん、もう目を開けていいですよ」
化野の声に促されて、目を開く。
ゆっくりと頭を上げると、目の前にログハウスがあった。
化野の手が、直桜の腕から離れる。
「これでしばらくは、時間が稼げます」
車から降りた化野に続く。
周囲の木々は静かだ。さっきまでの殺伐とした気配は、どこかに消えていた。
ログハウスの中は、綺麗に整理されていた。
「掛けて待っていてください。飲み物でも淹れます」
キッチンに立つ化野は、勝手知ったる様子だ。
「ここって、化野の別荘なの?」
「別荘、ですかね。一人になりたい時に使っている場所です。ここは現世から隔離された空間ですから」
化野が言う「一人になりたい」とは13課の人間の干渉を離れたい、という意味なんだろうと、すぐに理解できた。
普段からほぼ一人で仕事をしている化野が、わざわざあの事務所を離れる理由はなさそうに思ったからだ。
(前のバディとは、上手くいってなかったのかな。……別に、どうでもいいけど)
13課は救いになったと話していても、離れたい時もあるんだろうか。
「早速ですが、本題に入ります。あまり時間がありませんので」
「時間、ないんだ」
化野が真面目な面持ちで頷く。
現世から隔離した空間に逃げても、すぐに見つかるということなんだろう。
そもそも、ずっとここにいる訳にはいかない。化野にも直桜にも、生活があるのだから。
「その前にさ、こっち何とかしとこうよ」
直桜は立ち上がり、化野の腕に手を掛けた。
車に乗っていた時より、邪魅が膨れ上がっている。
(この辺りに怨霊や霊の気配はないのに、なんで邪魅が増えるんだ)
直桜は無意識で化野の腹に手をあてた。
何かが拍動する気配がする。
(なんだ、これ。腹ン中に、まだこんなにデカい邪魅、……いや、違う。これは、魂魄?)
「待ってください、瀬田くん!」
大袈裟に体を捻ると、化野が直桜の体を突き放した。
「なん、だよ」
驚く直桜に気が付いて、化野が気まずそうに顔を背けた。
「いえ、今は、瀬田くんの話をしないと。ここもすぐに嗅ぎつけられてしまうでしょうし」
明らかに何かを誤魔化している態度が、気に入らない。
直桜は再び化野の手を取った。
「憑いてる邪魅を祓うだけだよ。すぐに終わる。それとも、祓われたら困る理由でもあるの?」
目を逸らしたまま、化野が俯いた。
「困ることは、ありません。ありませんが……」
化野の手が自分の腹を摩る。
そのまま、黙ってしまった。
(大事な話はダンマリ決め込むの、癖なのか。バレたくねぇなら、もっと巧く誤魔化せよ)
煮え切らない化野の態度に、苛々する。
「それって、そんなに大事なの?」
化野の腹を指さす。
直桜を見上げた化野の顔に、絶句した。泣きそうな顔で、直桜を見上げていた。
「腹の中の、怨霊なりかけの魂魄を祓われんのが困るんだよなぁ、護。死んだ男の霊《すだま》咥え込んでンのって、気持ちいいの?」
声と同時に、窓ガラスが盛大に割れた。
腕で頭を庇う。腕の隙間から覗き見た向こうに、男が立っていた。
ジーンズにシャツというラフな格好の細身の男は、明らかに敵意を纏った霊気をこちらに向けていた。
緩く伸びた髪が揺れている。その目には愉悦とも怒りともとれない感情が滲んで見える。
「……清人さん。もう見付かってしまいましたか。さすがですね」
清人と呼ばれた男が、顎を上げて化野を見下した。
「お前の詰めが甘いんだよ。見付けてほしいのかと思ったわ。ま、埼玉のド田舎って選択肢は、悪くなかったけど」
ちろりと舌なめずりをして、清人が笑む。
清人が直桜を指さした。
「さっさとソイツとバディを組め。んで、お前ン中の魂魄も祓ってもらえ。それで万事解決だろうが。何をそんなに抗う?」
直桜は目の前の男を睨みつけた。
「俺は働くとは言ってない。化野の清祓を約束しただけだよ」
清人が表情を変えた。
揶揄う笑みが面白いものを眺める笑みに変わった。
「瀬田直桜。お前のこと、調べたよ。祓戸四神より上位の惟神でありながら桜谷の集落が秘した理由。お前、自分の力が怖いんだろ」
ビリっと頭のてっぺんまで突き抜ける電気のような痺れが走った。
「惟神は普通、神を顕現させてその身に宿す。一つの体に二つの自我のある魂を内包させる神降ろしは、かなり無理した状態だ。維持するにも相当の霊力がいる。けど、お前はその上を極めた、集落で唯一の存在だ」
「……やめろ」
奥歯を食い縛る。
拳が勝手に硬く握られる。
「神降ろしの上位術、神喰いっていうんだろ。神力を神の存在ごと体内に取り込む。桜谷集落じゃ禁忌らしいな。けど、13課なら大歓迎だぜ。強い術者は何人いてもいい。半端な奴らは、すぐに壊れるか死んじまうからな」
「黙れ!」
体内に凝縮されていた神力が吹き出した。
雷のような電気が髪を逆撫でる。
「おお、怖。不動明王みてぇな面になってんぞ。ちょっと煽っただけで、こんなに力を見せてくれんだ。サービスいいじゃん」
清人に向かって手を翳す。
手のひらに凝集された雷が野球ボール大の稲玉になった。それを躊躇なく清人に向かい放った。
「おいおい、マジかよ」
咄嗟に両腕でガードした清人だったが、避けきれずに稲玉をもろに喰らった。
派手に吹っ飛んだ体が部屋の壁をぶち破って外に飛んで行った。
それを追い、直桜の足が外に向かう。
ともだちにシェアしよう!