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第4話 なりゆき

 直桜は化野が運転する車の助手席に座っていた。  必死に懇願する化野を無碍にできなかったというのもあるが。  ちらり、と化野の左腕を窺い見る。  隠しきれない邪魅が纏わり憑いていた。 (一昨日、祓ったばかりなのに、何でこんなに憑いてんだ。そもそもコイツ、鬼だろうに)  化野の墓守は、平安の昔、陰陽師によって捕らえられ朝廷に仕えることを余儀なくされた鬼の一族だ。  縛りを持つ代わりに強い力を許された上、死という穢れの中に身を置いていた一族だけに、邪魅には耐性があるはずだ。  邪魅を操ることはあっても、蝕まれることなど本来ならないはずなのだ。 (会った時から微妙に違和感はあったけど、なんか隠してそうだな。話してくれれば、全部祓ってやれるのに)  そこまで考えて、我に返った。  まだ二回しか会っていない男のために、そこまでしてやる義理はない。惟神の力を使うことだって、本当なら望まない。 「突然付き合わせて、すみません」  直桜の視線を感じ取ったのか、化野が気まずそうな声で謝罪した。 「別にいいけど。この車って、どこに向かってんの?」  直桜の問いかけに、化野がわかり易く黙った。 「アンタの清祓なら引き受けるけど、仕事は手伝わないよ」 「承知しています」  直桜には視線すら向けずに、化野はまっすぐ前を向いて車を走らせる。 「……瀬田くんは、13課に関わるのは、やっぱり嫌ですか?」  ぽつり、と化野が呟くような問いを投げた。   「嫌だよ。ていうか、怪異に関わるのも惟神の力を使うのも嫌だ。俺は何もない、普通の人間として生きたいんだよ」  ふい、と窓の外に顔を背ける。  不貞腐れた自分の顔が窓に映って、我ながらガキ臭いと思った。 「普通、ですか。では何故、私の清祓を申し出てくれたんですか? 惟神の力は使いたくないんですよね?」  直桜は、答えに窮した。そんなこと、自分でもよくわからない。  ただ、あのまま化野との縁が切れてしまうのは嫌だと、少しだけ思った気がする。気がするが、そのまま言葉にする気にはなれない。 「私が、墓守の鬼の一族であると、気が付いていますよね」 「ん、まぁ、何となくは」  話の向きが変わって、直桜は正面を向いた。  車は街中を通り過ぎ、人気がない場所に向かって走り続けている。 「私は生まれた時から、普通じゃない人間でした。普通じゃない人間が普通の輪の中で生きるのは息苦しい。瀬田くんも似たような境遇だったんじゃないかと思います。惟神の修行も、最近までちゃんと熟していたんじゃないですか?」  ちらりと視線を向けられて、思わず目を逸らした。 「だったらなんだよ。仕方ないだろ。地元にいたら拒否権なんかないんだよ」  桜谷集落の、惟神の家系に生まれてしまったら、そう生きるしかない。  その身に神を降ろすための修行と称した暴力も、奉仕と呼ばれる神社への強制労働も、当然のように流れる《《日常》》だ。 「そうですね。一族の血筋も役割も、望もうが望むまいが本人の意志に関係なく背負う羽目になる。生まれながらに持つ業です。己の出自を何度、呪ったか知れません」  本当に、そう思う。  自分が生まれた家を、土地を、何度呪ったか知れない。  滋賀を離れて関東の大学に通う許可を得られたのは、直桜にとってやっと手に入れた自由だった。 「じゃぁ、なんで化野は、こんな仕事してんだよ。嫌だったんだろ」  同じような境遇で同じように苦しんでいた人間が、この道を選んだ動機には、興味があった。 「なんてことはない、諦めたからですよ。私は、普通に生きることを諦めた。それでも、悪いことばかりでは、ありませんでしたよ。結果的に私にとって、13課は救いになりました。あの場所には、普通じゃない人間しかいませんから」  化野が小さく笑う。  その横顔は心なしか綻んでいるように見えた。 「だから俺にも、13課に来いって言いたいわけ?」 「いいえ、違います。私にとって、今ではこの生活が普通になりました。でも、瀬田くんが望む普通は違うんでしょ? だったらもっと、抗うべきです」  化野が急ハンドルを切った。  車体が大きく横に触れる。体が外側に持っていかれて、思わずシートベルトを握り締めた。  山道の細い横道を猛スピードで登っていく。 「何だよ、急に! 危ないだろ……」  サイドミラーに小さく映る後ろの車が、大きく切り返して追ってくるのが見えた。 「君が面接に来たのが13課に洩れました。恐らくネットの求人広告をタップした時点で、瀬田くんの神気の残滓を気取られていたんでしょう。力及ばず、申し訳ない」  化野がアクセルを踏み込む。  道なき道をぐんぐん上っていく。 「あの後ろから追ってくる車、13課の人間ってことかよ」  化野が頷いて、ハンドルを切る。  更に細い徒道を抜けて、広い山道に出た。 (見た目によらず運転荒いな。焦ってんのか?) 「13課の人間より早く君の身柄を保護する必要があった。だから、履歴書に書かれていた大学まで探しに行きました。個人情報を乱用して、申し訳ありません」  なるほどな、と思った。  スマホなどの電子機器には霊力の類が溜まりやすいし流れやすい。だからさっきも、電話をかけずに大学までわざわざ直桜を捜しに来たのだろう。  直桜の清祓を受けている化野なら近付けば神気を辿れる。  化野の表情が最初から逼迫していた理由が分かった。  しかし、釈然としない。 「それは良いけど。なんでアンタが俺のために、ここまでしてくれるわけ? バイト蹴ったんだから、放置しておけば良かっただろ」 「放置なんて、できませんよ」  化野の手が直桜の腕を掴んだ。 「初めて会った私に、使いたくない清祓術を行使してくれた。君の善意に報いる義務が、私にはあります」 「善意なんて大層なもんじゃ……っ」  化野の腕を掴む力が強くなる。 「結界の中に入ります。頭を低くして、体を丸めていてください」  正面に目を向ける。木々の中に明らかに異質な丸い(ゲート)が開いている。  車体が浮いて、門の中に吸い込まれた。

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