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第3話 ハイスぺと憧れ

 普段はあまり見ないスマホを何度もタップする。  指の動きがイライラしていると、自分でもわかる。  一昨日、バイトの面接に行って以来、化野からは連絡がない。 (そりゃそーだ。俺はバイト蹴ったんだし。今頃、新しいバイトでも探してんだろ)  自分が閲覧していた求人サイトからは広告が消えている。別のサイトに掲載しているのかもしれない。さすがに、それを探す気にはならないが。  スマホの画面を閉じて、息を吐いた。 「何でこんなに、気になってんだろ」  会ってそうそう、プロポーズまがいなことを言われたからだろうか。  それとも、普段なら絶対に話さない自分の秘密を打ち明けてしまったからだろうか。直桜の秘密が化野から13課に流れる可能性はある。  さすがにそれは気になるし、心配だ。  今思えば、怪しいと思いながら、あの場所に向かってしまった。 (これも縁、だったのかな)  化野とは、会うべくして会った。なんて、そんな漫画やアニメみたいなご都合主義的な考え方は好きではないが。  自分の唇に触れる。  邪魅の清祓や浄化は、何も口移しでないと出来ない術ではない。 (溜まりまくってたから、アレが一番手っ取り早かったけど。よく考えたら俺、初めてキスした。今、気付いちゃった)  意識した途端、顔が熱くなった。 (一昨日は全然、考えていなかったけど。普通、初対面の男にキスなんかしないよな。何やってんだ、俺。きっと雰囲気に流されまくったんだ)  好きだとか愛してるとか言われて、違和感がなくなっていたのかもしれない。  改めて、昨日の自分は何もかもが軽率だったと思い知った。 「マジでらしくない……」 「何が、らしくないの?」  独り言に返事をされて振り返る。  同じゼミの枉津(おうつ)(かえで)が直桜に微笑み掛けていた。 「いや、別に……」  仲の良い楓相手でも、さすがに昨日のことは話せない。 「確かに、直桜がスマホに向かってイライラしてるのは、らしくないかもね」 「楓、何時から見てたの?」 「歩いてくる間、ずっと見てたよ」  楓が後ろを指さす。  校舎から正門に向かう道は広い一本道だ。良く見えたことだろう。 「おーい、直桜! 楓!」  楓が指さした方向から、田中陽介が走ってきた。  二人の間に割って入ると、肩に腕を回した。 「今日、飲み行かね? 久々に遊ぼうぜ!」  いつもの明るい声でにっかりと笑う。  白い歯が眩しいと感じるこの男は、直桜の中でいわゆる「普通の人」代表みたいな男だ。  直桜の憧れであり、お手本でもある。  性格も穏やかで頭も良くて家も金持ちな楓は、良い友人だがあまり参考にならない。  その点、陽介は総てが平均点な、まさに直桜の理想だった。 「行きたいけど、今日はやめとく」 「俺も、今日は家で用事があるんだ」  直桜と楓にほぼ同時に振られた陽介が、眉を下げて悲しそうな顔をする。こういうテンプレな表情も、直桜には理想的に見える。 「何だよ、二人とも用事あるのかよ。暇なの俺だけかよ」  文句を言う陽介を横目に、楓が直桜に問い掛けた。 「直桜は夏休みにあわせてバイト始めたいって言ってたよね。もう決まったの?」 「いや、まだだけど」  煮え切らない返事になってしまった。  昨日の化野との約束は、あくまで清祓を手助けする、という話だ。バイトではない。 「もし見付けるの難しそうなら、うちの系列で斡旋しようか?」  楓はOUTSU製薬という大企業の御曹司だ。バイトくらい、いくらでも伝手はあるだろうが。 「もう少し、自分で探してみるよ。ありがとな」 「そっか。頑張ってね。見付からなければ、いつでも声掛けて」  少し残念そうな顔を見せた楓だったが、すぐにいつもの笑みに戻った。   「じゃ、俺はお先に」   校門前に黒塗りの車が横付けされている。  二人に手を上げると、その車に向かい、楓は歩いて行った。 「相変わらず御曹司は迎えも派手だなぁ」  何度も見慣れている光景に、毎度同じ反応をする庶民代表の陽介に感動する。 「楓が来てくれたら、合コンも女の子集まるのになぁ。誘っても全然、来ねーもんなぁ」  この台詞もまた、聞き慣れた陽介の愚痴だ。  毎度毎度、懲りずに楓を誘うが、その度に断られている。 「そりゃ立場上、下手な女と噂になるのは、まずいから、とかだろ?」  陽介が首を傾げて直桜を振り返った。 「でもさ、直桜が来るときは、楓って合コンも飲みも来るよな」  今度は直桜が首を傾げた。 「そうだっけ? よく覚えてない」  人付き合いは最低限に留めているので、陽介の誘いにも全部応える訳ではない。だが、言われてみれば、いつも隣に楓がいる気がする。 「楓って直桜のこと、好きだったりしてな」  にししと悪戯に陽介が笑う。  何故か、化野の顔が浮かんだ。 「友達として、傍にいて楽ってだけだろ。深い意味とか、あるわけないから」  楓の話をしているのに、まるで化野のことを自分に言い聞かせているようなセリフになってしまった。 (いやいや、なんで化野なんだよ。おかしいだろ。たったの一回、しかもバイトの面接で会っただけだぞ)   「あれ? また車来てる。誰の迎えだろ?」  陽介が正門を指さす。  黒いセダンから、化野が降りてきた。  キョロキョロと辺りを見回している。  ドキリ、と心臓が跳ねた。トクトクと、鼓動が少しずつ早くなる。 「なんか、格好良い人だなぁ。誰か捜してんのかな?」 「格好良いか?」  思わず、突っ込んでしまった。 「如何にも大人っていうか、社会人! って感じしない? 車にスーツって組み合わせがさ」 「あぁ、そういう……」  ホッとしたような、残念なような気持ちになる自分を不可解に思う。  直桜の姿を見付けた化野が、こちらに向かい歩いて来た。 「瀬田くん! すみません」  心なしか化野の顔が引き攣れて見えた。 「今日、これから私に時間を頂けませんか?」  逼迫した表情で化野が直桜の肩を掴む。  勢いが凄すぎて、思わず頷いてしまった。

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