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第13話 バディに内緒のお出かけ

 川越の駅に着き、ロータリーを降りる。  キョロキョロしていると、目の前の車の窓が開いて清人が顔を出した。 「直桜、こっちこっち」  促されるまま車に乗り込む。 「護と一緒じゃなくて、本当にいいの?」 「化野なら事務所で仕事してるよ。俺は大学に行ってることになってるから、口裏合わせてよね」 「ふぅん」  車を走らせながら、清人が鼻を鳴らした。 「バディに隠し事なんて、悪い子だなぁ。もしかして、本気でこの仕事、続ける気になっちゃった感じ?」 「……わからない」  呟いた直桜を、清人が笑みを収めてちらりと覗いた。 「わからないから、確かめに行く」  直桜の顔を眺めていた清人が、わしゃわしゃと乱暴に頭を撫でた。 「いいよ、今日は俺が付き合ってやる。俺も直桜に聞きたいことが、あんだよね」  スピードを上げた車が、川越の郊外に向かって走り出した。  清人が案内してくれたのは、古い住宅街の中にある一軒の空き家だった。 「もっと仰々しい場所でやってるもんだと思ってた」  中に入ると、崩れかけた壁がむき出しになっている。扉が半分外れてぶら下がっていたり、窓ガラスが割れていたりと、とても人が住める状態ではなくなっていた。 「正式な儀式なら場所を選ぶけどねぇ。反魂儀呪がやってる呪術は人の生活が近い場所の方が都合がいいのよ。邪魅が集まりやすいし、に紛れやすい」  清人が意味深な笑みを向ける。  気付かない振りをして、直桜は目を逸らした。  軋む階段を昇りきった先に、腐りかけの扉がみえる。区切りの壁を壊して二部屋を一間にした、十畳程度の広さの部屋だ。  直桜は思わず口を覆った。  清人に貰った特殊なマスクをしていても、噎せ返るような悪い気が籠っているのがわかる。 (大量の邪魅と、血の匂い。穢れが重なり過ぎて、吐き気がする)  血の匂いには、最近馴染んだ気配と知らない気配が混じっている。直桜の中に、苛立ちが湧き上がる。 「半年前、反魂儀呪の集会が行われている情報を掴んで、護と未玖を向かわせた。本来なら他部署の管轄なんだけどね。そん時は出払ってて、動ける奴が他にいなかったんだよね」  清人の話に耳を傾けながら、畳の上に残る赤黒い後に指を近づける。  近くには焼け焦げた跡も残っていた。 「出払ってたってのは、なんで?」  立ち上がり、近くの壁に寄る。  直桜の動きを眺めながら、清人が後を付いて来た。 「あの日は、各地の拠点で反魂儀呪の集会が一斉に行われた。ある程度は最初から情報を掴んでたけど、事前情報以上に数が多かった。あれは、13課のミスだね」  土壁に残る黒い染みを指で削ぎ落とす。  簡単に崩れた壁の一部が解けるように泡になって空気に返った。 「すごいな、触れただけで浄化できるんだ。その黒染み、怨霊の欠片だろ?」 「浄化できる、というか、勝手に浄化されちゃうというか。些細な邪魅なら俺が近寄っただけで消滅するよ」 「成程ねぇ。最近の護が調子良いわけだわ。どうよ? 魂魄は、祓えそう?」  引くというより恐れに近い表情で、清人が感心する。 「それなんだけどさ、清人に聞きたいことがあるんだよ。ネットの求人広告、アレ出したのって、化野? それとも清人?」  ゆっくり立ち上がり、天井を見上げる。  不自然な染みが、天井にも広がっていた。 「俺だよ。13課には護と組める人員がいなかったからさ。とはいえ、ずっと一人にしとくワケにもいかないし。いっそ一般人からそれっぽいの探そうと思って、ある程度、霊感があるヤツにしか見付けられない広告出したワケよ」 「広告を見付けられた時点で採用は決まっていた」と話していた化野の言葉は、そういう意味なんだろう。  少なくとも化野は、今の清人の言葉の通りに理解していたはずだ。 「それ、半分、嘘だよね。清人が探してたのは、俺だろ」    天井に手を伸ばす。  壁の怨霊の欠片とは違う、邪魅の残り香を感じた。  直桜は視線を横に向けた。  天井の邪魅の気配が、押入の中に繋がっている。 「13課には祓戸四神の惟神がいる。奴らに化野の清祓をさせたのなら、気が付いたはずだ。あの魂魄は、ただ祓うだけじゃダメだって」  引き戸に手を掛けると、一気に開いた。中には、一見して何もない。  何もない空間に、腕を突っ込み、手を開く。手のひらの上に白い光を膨らますと、息を吹きかけた。光が霧散して、空間を浄化する。  ごろり、と赤黒い石が転がり落ちた。 「あれは、人の霊を使った呪詛だ。下手な術者が無理やり祓おうとすれば、術者も化野自身も死ぬ危険がある。今まで、祓いたくても祓えなかったんじゃないの?」  石を手に取り、振り返る。  清人が息を飲んで直桜を見詰めていた。 「俺たちが必死になって探してたモンを、こうもあっさり見付けちゃうんだ。直日神の惟神って、優秀過ぎん? 桜谷集落が秘する理由も、わかるわ」  諦めたように息を吐いた清人が、髪を搔きむしる。 「予想通り、俺は最初から直桜狙いだったよ。探すの苦労したんだよ。集落は勿論、陽人さんまでダンマリでさ。桜谷集落は、どんだけ直桜を手渡したくないのかねぇ」  桜谷の集落が、桜谷陽人が直桜を集落から出したがらない理由は簡単だ。神を喰らった異端の惟神を外に出さないため。  強すぎる力で、自然の理を変えないためだ。 「でも、陽人さんは考えが変わったみたいだよ。今の仕事を続けるのも辞めるも直桜次第だってさ。続けるなら、埼玉に残れるよう集落を説得してくれるってさ」 「説得も何も、桜谷家は集落の代表だから、アイツの言葉は集落の意志だよ」  つまり陽人は「集落に戻る気がないなら13課で働け」といいたいのだろう。 (ある意味、保護と監視を警察庁(こっち)でする気になった、ってことか。やっぱ普通のIT企業じゃダメなんだな)  内定が決まっている会社は、怪異など全く関係がない一般企業だ。それではダメだと言いたいんだろう。選択肢があるような言い回しだが、答えは結局限られている。 (集落に帰らないで済むなら、もうこの際、それでもいいかな。面倒になってきた)  只々普通に、一般的な生活がしたい。ずっとそう思って生きてきた。けれど自分の周りには、常に怪異が付きまとう。  自分という存在そのものが怪異みたいなものだ。  たった一回、ネットの求人広告をタップしただけで、自分は今、呪詛の石を握り締めている。  それが自分という人間が背負う業なのだとしたら、直桜にとっての普通は、コレなのかもしれない。

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