12 / 69

第12話 不穏なピロートーク

 黙り込んだ直桜の髪を、護の指が何度も撫でる。 「反魂儀呪(はんごんぎじゅ)、という反社会的組織を知っていますか?」  ざわり、と心臓が嫌な音を立てた。  どくどくと、一度一度の拍動が大きく耳に付く。 「禁忌の反魂術で御霊を召喚し、()に流し込んで霊力の高い術師を強制的に作り出す。輪廻転生したはずの偉人の魂すら呼び起こす。他にも都市伝説のような術を行使して自然の摂理を壊すと噂される、13課が追い続けている反社です」  その術はまるで惟神を生み出す集落の術法と酷似している。  違うのは人の御霊を降ろすか神を降ろすか、それだけだ。なのに、祓戸大神だけは合法で、人の御霊は禁忌になる。  桜谷の集落が忌み嫌い敵視する組織だった。 (俺を異端と呼んだ女は多分、反魂儀呪(そこ)にいる。集落の術法を盗んで、転用している)  長らく忘れていた過去が、頭の中に溢れてくる。  手が、小刻みに震える。護の服を強く握った。 「反魂術自体、成功率が低い眉唾物の術ですが……、直桜? 怖くなりましたか?」  護の腕が直桜の体を包み込んだ。 「大丈夫、だから、続けて」  護の胸に顔を埋めて深く息を吸い込む。  最近になって嗅ぎ慣れた香りが流れ込んで、気持ちが落ち着いた。 「不定期で行われる彼らの集会に踏み込んだ時、凡ミスで私の血を大量に浴びた彼は、そのまま息を引き取りました。私が殺したようなものです」 「違うよ」  自分でも驚くほど、低い声が出た。  実際、どんな状況だったかなんて、知らない。だけど。  体質を勝手に隠して勝手に血を浴びて勝手に死んだ。直桜にはそんな風にしか思えない。自分勝手な愛情を押し付けた男がいつまでも護の心を縛っているのが、何より、気に入らない。 (本当に好きなら、護を苦しめる原因になんか、なりたくないはずだろ。それでもいまだに腹ン中に居続ける男を、良い奴だなんて思えない)  護の両肩を掴んで、上から抑え込んだ。 「直桜……?」 「どんな理由があろうと、護が他の奴の霊を抱え込んでいるのなんか、俺が嫌だ。他の奴に気なんか取られんなよ。そういう強い気持ちは、俺だけに向けてよ」  驚く顔を見下ろす。 「俺に、祓わせてよ。怨霊になんか、させない。ちゃんと霊に返して、冥府に送ってやるから」  魂魄が拍動する腹に手を押し当てる。  護の手が直桜の頬に伸びた。 「そんな顔でそんなこと言われたら、頷くしかありませんね」  護が直桜の頬をなぞる。  自分が今、どんな顔をしているのか、わからない。  護の腹の中で、魂魄が大きく拍動した。 (なんだ、今の。いつもより、熱い)  服を捲って、護の腹に頬を添える。 「直桜! 急に、何を……」 「ちょっと、動かないで」  慌てる護を尻目に、今度は額をあてて、目を閉じた。  強く押し当てて、より魂魄の気を感じ取る。 (やっぱりコイツ、呪術を纏ってる。イライラするから、ちゃんと向き合ってなかったけど、そうか。これは呪詛だ。人の霊を媒体に相手を呪う、禁忌術)  魂魄を抱えた程度で穢れに強い鬼が邪魅に犯される体質に変わるなど、普通は有り得ない。  魂魄になった男の想いが呪いに転じたものだと勝手に思い込んでいたが。もしこの男の霊が、最初から護に呪詛をかけるために利用されたのだとしたら。 (魂魄を祓うだけじゃ終わらない。もっと深い因果が、あるのかもしれない)  魂魄が拍動する。  直桜の額から、神力を吸い取ろうとする。  その動きには覚えがあった。  ログハウスで清人を攻撃して護に止められた時、体が密着した直桜から魂魄が神力を吸い取った。  お陰で頭に昇った血が引いたが、アレが延々続いたら、直桜の方が死んでいた。 (宿主の霊力も邪魅も俺の神気すら吸い取って呪詛の糧にする。どこまでも厄介だ。これじゃ、清祓術を仕掛けた術者の方が、死ぬかもしれないな)  霊力が並の術者では、魂魄に気を搾り取られて死にかねない。現在、13課に所属する祓戸四神が三人掛かりで清祓して、何とか祓えるレベルだろうか。 「お前、そんなに護を殺したいの?」  腹の中の魂魄に問い掛ける。   拍動が止まり、帯びていた熱が、急激に冷めた。  突然、有様を変えた魂魄に、直桜の方が狼狽えた。 (何だよ、まだ多少は意識があるのか。てことは、少しは呪詛を抑え込んでるんだな。お前やっぱり、護のこと、好きなんだ。……ムカつく、けど、良かった)  安堵と嫉妬が同時に湧き上がる。  護の腹を舐めあげて、舌先で臍を弄る。 「ひぁ……」  変な声を上げて体をびくつかせる護を、ちらりと見上げる。 「直桜、待って。急にそういうことされると」 「我慢してよ。応急措置するから」  臍に唇を強く当てて、一気に吸い上げる。  溜まった邪魅が直桜の中に流れ込んで、浄化される。  今度はゆっくりと吹き入れる。  自分の神気を細く長く、糸のように流し込む。腹の中の魂魄に直桜の気を纏わせていく。 「ぁ……」  護の体から、力が抜ける。   持て余した手が、直桜の頭に触れて、抑え込んだ。  舌で臍を舐めて弄ぶ。 「直桜、直桜! それ以上したら、押し倒す」 「気持ちいいんだ。腹、舐められるの、好き?」  反応している股間を、服の上からすりっと撫でる。  護の体が、びくりと跳ねた。 「昨晩から、どれだけ我慢してると思ってるんですか。据え膳食らいまくってるんですよ」  起き上がった直桜を強く抱き締める護の腕を摑まえる。 「でも、ダメ。魂魄を祓うまで、そういうのはナシ」  絶句して唇を戦慄かせている護の鼻を摘まんだ。 「他の男を咥え込んでる奴とは、しない」 「直桜まで清人さんみたいなこと言うんですか。だからこれは、そういうのじゃなくて」 「護がそうじゃないと思ってても、魂魄はそういう想いかもしれないだろ。俺、浮気とか許せないタイプっぽいし、嫉妬とかするっぽいから、嫌だ」  今まで他人に執着がなかったので気が付かなかったが、化野が誰かに取られるのは、とても気分が悪い。  それはつまり、そういうことなんだろう。 (俺が邪魅を吸い上げるより、精液で流し込んでくれた方が効率いい気がするけど。そういう事務的なのって、どうなんだろうと思うしなぁ)  これを伝えたら護は実行に移しそうなので、言わない。そもそもが鬼なせいなのか、時々急に雄みを発揮してくるので、正直戸惑う。 「嫉妬、なら、仕方がないですかね。今の直桜が可愛いから、我慢します」  背中に腕を回して、唇を寄せる。  強く吸われて、上顎と舌を舐めとられた。  思わず出してしまいそうな声を、懸命に押しとどめる。 (全然、我慢してない。口の中、思いっきり犯されてる。けど、気持ちいいから、いいや)    護の背中に腕を回して、体を寄せる。  吸い付く体と唇の温度に、身を委ねた。

ともだちにシェアしよう!